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化学物質の安全性をどのように評価するか

資源環境技術総合研究所 米澤 義堯

1.はじめに
 私たちの身の回りには多種類の化学物質が存在しています。身の回りの自然はすべて化学物質から構成されていますし、私たち自身も化学物質から成り立っています。今日、知られている化学物質の総数は1千万種を越えています。その中で実際に生産されている化学物質(合成化学品)は約5〜10万といわれており、それらが私たちの日常生活や種々の産業活動の中で、広い範囲にわたって不可欠なものとして使用されています。しかし、一方こうした産業活動で用いられたり、生成したりする化学物質の中には、ダイオキシンや内分泌かく乱化学物質(いわゆる「環境ホルモン」)など、その安全性が社会的に大きな議論の対象になっているものもあります。ここでは、化学物質の安全性が現在どのように評価され、管理されているかについて述べ、その流れの中で上のような問題をどう考えるのか、今後なにが必要かなどについて考えてみたい。
2.安全性をどう考えるか
 食塩(塩化ナトリウム)は日常生活の中で大変身近な化学物質のひとつです。食塩は調味料として必需品であり、日常的に口にするものです。しかし同時に、取りすぎることによって高血圧や胃ガンになる可能性が高くなる(リスクが大きくなる)という側面を持っていることも大変よく知られています。また、我々が生きていくのに必要な栄養も、とりすぎて栄養過多になると、色々な疾患(糖尿病や痛風など)にかかる可能性を高くする(リスクを大きくする)ことも周知のことになっています。

 こうした例は、どのような化学物質にも、たとえそれが自然の物質で必要不可欠の物質であっても、多かれ少なかれ、ヒトや環境に有害な影響を与える可能性があることを示しています(当然、有害性の質や大きさには、大きな違いがあります)。

 一方、青酸カリやヒ素のような強い毒物でも、それを摂取することが無ければ、有害な影響を受けることはありません。また、食塩の例のように、一定の量以下の摂取量では全く有害な影響がでない範囲があります(ものによっては逆に必要な場合も:必須栄養素)。つまり、どんなに毒性の強い化学物質であっても、それが有害な影響を引き起こす限度を越えて体に取り込むことがなければ、有害影響は現れないということになります。

 こうしたことは、化学物質の安全性を考えるに当たって、以下の点を押さえておく必要のあることを示しています。

3.リスクの評価と管理
化学物質の使用に伴って生じるリスクの評価は、
  1. ばく露評価(その生物がどれだけの濃度で、どれだけの期間、その化学物質にさらされているか)から推定される摂取量を、
  2. 有害性評価から得られる、どれだけの量その化学物質を摂取すれば、どんな種類の有害影響がどれだけ現れるかとを、

比較することによって行われます。こうして推測されたリスクの大きさが、

  1. 無視できるレベル以下であるか、
  2. 受け入れることができないレベル以上であるか、
  3. これらの間にあり、何らかのリスク削減策を講じなければならないか、
    (どのようなリスク削減策が最も良いかについての具体的な検討も含まれます)

について検討し、判断することがリスク管理になります。

この場合、リスクの大きさの絶対値をもって評価することが実際に行われているわけではありません。現実に社会的に受け入れられているリスクの大きさは、そのリスクを犯すことによって得られる便益との比較で評価されています。例えば、医薬品の中には副作用があるという安全な化学物質と言えないものもありますが、それでも私たちは病気などの治療のために意図的にこれを使用している場合があります(毒と薬は使いよう)。また、喫煙などの自発的行為に対しては大きなリスクがあっても社会は比較的寛容です。こうした例に見られるように、リスク評価の尺度はリスクの内容や規模、社会的状況などによって大きく変動するものです。

 このため、問題となっているダイオキシンや内分泌かく乱化学物質のように、リスクの質や大きさがの全容が明らかになっていない場合、そのリスクに対しどのような対策をたて、どのように管理するかは、大きな論争を引き起こすことになります。こうしたことから、リスク評価とその結果を受けての行動の決定には、どのようなデータとやり方でリスクを評価したかを明らかにして、それらの影響を受ける人々とのコミュニケーションを図ることが最も重要な課題です。

4.化学物質の段階的な安全性評価と管理
  現在生産されている化学物質の数は、化学物質の総数に比べ小さな割合ですが、といっても数万種もあります。国際協力の下に、工業化学物質のリスクを評価するためのデータがとられはじめてはいますが、全物質について行うには膨大な資源(人、費用、時間など)が必要となります。また、毎年数百の化学物質がそのリストに新しく加えられています。これらについても実際に生産される前にその使用によるリスクを評価しておく必要がありますが、その費用が大きくなりすぎますと、私たちの生活の改善や産業の発達を阻害することになりまねません。そのため、評価する化学物質の種類や評価すべきリスク内容に優先順位をつけ、段階的に安全性を評価するアプローチが行われています。つまり、限られた評価項目を用いてリスクの大きさを評価し、リスクの大きなものに対してさらに評価を追加したり詳しく行う(より、詳細で、資源を必要とする試験・調査に基づく評価)という、段階的な評価方法を用いています。経済開発協力機構(OECD)やヨーロッパ連合(EU)などでの、既存化学物質の安全性点検や新規化学物質の評価の手順として実際に使われている考えです。既存化学物質の中から内分泌かく乱活性(いわゆる「環境ホルモン」活性)を持った物質のスクリーニングの考え方として検討されています。

 我が国の工業化学品の生産登録・管理のための法律(化審法:化学物質の審査、製造等の規制に関する法律)では、化学物質を以下の四つのグループに分けて管理しています:
  1. リスクの高い物質(生産・使用の事実上の禁止物質)、
  2. 環境汚染が進行することによって高リスクとなる物質(生産量を環境汚染が進まないように制限する物質)、
  3. 有害な物質である可能性があり、環境汚染が進むと高リスクとなる可能性をもった物質(環境汚染の程度を監視し、汚染が進む可能性が大きくなった場合、詳しい毒性評価を行う)、
  4. 安全な物質(環境を経由してヒトがばく露される可能性がない物質)、
  5. 生産量が大変小さく、環境汚染の可能性がない物質。

 そこで、同法による新しい化学物質の生産登録に際して、その審査・管理は、実質的にこうした考え沿った手順で(図1)で行われています。

図1.化審法による新規化学物質の安全性評価手順の例

図1.化審法による新規化学物質の安全性評価手順の例

 化学物質は私たちの日常生活や産業活動のあらゆる場面で使用されており、その使用の目的と形態は大変幅が広くなっています。このため、全ての場面における安全性を一度に評価することは難しく、その使用目的と評価の目的と対象に合った、優先して検討すべき安全性の内容とその質が設定される必要があります。例えば、人の体内に直接入れることを前提とする医薬品では人への毒性が最も重要な安全性の課題であり、ここではばく露を評価する必要はありません。一方、環境中への直接的な放出を前提とする農業化学品では、環境でのばく露の状況も、生物有害性と同様に重要な課題となります。
5.有害性(ハザード)評価
  化学物質の有害性評価では、化学物質へのばく露量と有害影響の質と大きさの関係を検討します。多くの場合、動物を用いた毒性試験の結果から有害性を推定することが行われます。しかし、すべての種類の有害性についてすべてのデータを集めることは現実的に困難であり、段階的アプローチが用いられています。新規化学物質の生産などの登録では、比較的容易に行える(費用、期間などから)毒性試験の組み合わせを用いて、スクリーニング的に評価することが国際的に行われています。化審法の新規の生産・輸入登録では、変異原性試験と28日間反復投与毒性試験のデータを基に評価が行われます。そして、よりリスクが大きくなる可能性のあるとき、さらに詳しい試験を、時間と費用をかけて行うことになっています。例えば化審法では、生分解性が悪く魚への濃縮性が大きな化学物質は、環境残留性が高く食品を経てヒトに高い濃度で蓄積される可能性があるとして、こうした化学物質は種々の長期慢性毒性試験を行うことが要求されます。

一部の物質の場合ヒトへの有害性を、実際にそれにばく露されている人々を対象としてばく露濃度と有害影響の関係を調査することによっても直接的に得ることもできます。しかしこのような調査を行うには膨大な労力と期間が必要となります。またヒトに見られる種々の障害は多くの要因が複合した結果として現れるものですから、問題する化学物質による影響だけをうまく抽出することは難しく、特に低濃度でのばく露による有害な影響をたとえ大規模な調査を行っても明らかにできないことも実際には起こります。「環境ホルモン」の影響によってヒトの精子数が減少しているという「仮説」に対する検証は、精子数自体が減少する傾向があるのかどうかというところから、賛否両論にわかれ議論されているのが現状です。
6.ばく露評価−マルチメディアばく露と環境運命
 化学物質の環境への放出はその製造から貯蔵、輸送、使用から廃棄に至るまでの種々の場面において生じています。その放出先は一つだけではなく、大気や水、土壌などさまざまである可能性はあります。この時、化学物質の使われ方によって主に排出される先が特定されることもありますが、必ずしもヒトがその化学物質を摂取する経路とならないこともあります。例えば排水中に放出されたトリクロロエチレンのような場合、その多くは大気中に蒸散すると考えられますので、飲用水からの摂取だけでなく、呼吸からの大きな摂取を考慮する必要があります。

 一方、ダイオキシン類はもっぱら燃焼排ガスに伴って放出されるとされていますが、我が国でのヒトへのばく露は食物、特に魚経由が多いと推定されています。こうしたことから化学物質のヒトへのばく露を評価するためには、窒素酸化物などのこれまでの汚染物質と異なって、単一の経路(例えば呼吸から)ではなく、多種類の経路(例えば、呼吸、飲用水、食品など)からのばく露を考えることが不可欠となっています(図2)。

図2.化学物質の環境放出と ばく露経路

図2.化学物質の環境放出と ばく露経路

7.数理モデルによるばく露評価
 化学物質の環境を経由した摂取を評価するためには、2つの手法があります:
  1. 大気や水中などの環境濃度や食物中濃度などの計測から;
  2. モデルを用いたシミュレーションによる推定から。

 この2つの方法はいずれか一方が優れているというものではなく、お互いに補完する関係になっています。しかし、新しく開発され生産登録される化学物質(新規化学物質)に対しては、当然濃度計測によるばく露評価は行うことができません。また、すでに生産されている化学物質でも、生産量や使われ方が変ったことによる影響の評価、また環境放出削減対策の評価など予測評価においても事情は同じです。また、全ての場所、時間を計測によってカバーするには、多くの費用、時間、人手が必要となり、現実的ではありません。こうした場合には、後者の、数理モデルによるシミュレーションが有効な手段となります。

 すでに広範に使用されている化学物質に対しては、放出の場所や時間のパターンや放出の形態は、化学物質の用途や使用形態によってまちまちとなっています。同じ使用目的の化学物質であっても事業所毎に大きく変わっていることも珍しいことではありません。こうした場合では特定の場所にあわせて、使用と環境放出の形態やばく露経路などについて評価目的に則したシナリオを作成し、それを基に詳細な環境中濃度予測を行い、ばく露の推定を行うことが必要となってきます。このようなシナリオを組み込んだモデルでは、環境排出源やばく露経路についての詳しい情報を推定結果に反映させることができ、それぞれに対する排出量削減対策などの効果を具体的に検討することも可能となります。

図3.Mackayモデルによる化学物質の環境内分布の推定

 一方、新規化学物質によるばく露のスクリーニング評価では、詳細なモデルによる推定は不可能であり、国際的に化学平衡に基礎を置いたモデルが幅広く用いられています。このモデルでは複数の環境媒体を含む一つのボックスからなるモデル環境を作り、そこでの化学物質の環境媒体間の移行を化学平衡関係に基づき解析し、各環境媒体中の化学物質濃度を算出します。この結果からヒトなどのばく露状況を評価することもできます。この場合、現実の地域に似せて作られたモデル環境を用いられることが多くあります(例えばMackayらは、カナダ全体を24の地域に分け、それぞれを評価環境とする計算モデルを作っています)。新しく生産輸入を始める化学物質に対するばく露評価の目的は、化学物質それ自体の持つ環境を経由したばく露のポテンシャルの初期評価であるため、このようなモデル空間を用いた評価が十分に有効と考えられています。

資源環境技術総合研究所 首席研究官
米澤 義堯