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NIREニュ−ス1996年1月

南半球からのグローバルな大気環境研究

新技術事業団 派遣研究員 田口 彰−

1.はじめに
 北半球の人間は南半球の事をゴミ捨て場くらいにしか思っていないのだろうか? 南半球へ毒ガスや核爆弾を持ち込んで実験を行う狂人がいるし,オゾンホールも発生する。これらは全て北半球の人間の仕業であるので,その一員としてわが身を省みる必要を感じている。
私は95年2月から2年間の予定で新技術事業団の研究協力員としてオーストラリアの連邦科学工業研究機構(Commonwealth Scientic and Industrial Research Organization)の大気研究部門(Division of Atmospheric Research)(以下DARと略)に滞在し,主として北半球の人間が大気中に放出している二酸化炭素の行方についてグローバルな大気輸送模型を用いた研究をしているのでその一部を紹介しようと思う。だが,その前にローカルな環境についても一言のべておこう。

DARのあるメルボルンは南緯38度,日本で言えば仙台あたりの緯度にある。オーストラリア大陸は乾燥大陸とも呼ばれているので砂漠とカンガルーしか思い浮かばないかもしれないが,そうするとこの街の雨と緑と祭の多さに驚くに違いない。平均気温の季節変化が小さく,雪が降らない代わりに海水浴も楽しめないが,一年を通じて庭に花が,また街には祭の旗の絶える事がない。これは四季が無いと言っているのではない。 4月には住宅地の庭や街路樹は燃えるような紅葉に色づき,8月には街のあちこちで桜の花を見ることが出来た。

 メルボルンには一日の間に四季がある,と言われている。この言葉の意味を理解するには,何度か風邪をひいて不愉快な数週間を経験する必要があった。物わかりの悪い私には,半年以上を要した。 始めのうちは,朝出かけるときに今日は暑いだろうか寒いだろうかと考えて服装を選び,突然の天候の変化に風邪をひき,本業の気象学を疎かにしていることを棚上げして今日は特別なんだと思い続けた。上記の言葉はそのような考えの全く間違っていることを意味している。
 一日は暑くなりそして寒くなる。それ以外の判断はたいてい間違っている。街を歩く人々を見ると,この環境に適合するには2つの方法があることがわかる。 一つは不格好でも重ね着をすること。もう一つは全天候型に体を鍛練し,冬でも半袖と半ズボンで過ごすことである。現在の私は前者であり,私のボスのエンティング氏は後者である。

 ここでは太陽はやや距離を置かねばならぬ存在だ。日差しの強い日,子供達は長袖を着て帽子をかぶる。日没時に,緩やかな起伏のある地域を西に向かってドライブすると目が眩んで車も道路も見えなくなり危ない目にあうことがある。
 南半球の澄んだ空気は太陽の光を散乱しないらしい。もしかすると地球の寒冷化が大気中の塵によって発生すると主張する研究者の言う様に,南半球の塵の量は北半球の塵の量より少ないのかもしれない。
 地球の寒冷化と言うと「おや」と思われるかも知れないが,人工衛星の観測によればこの10数年の間,地表から10km位の大気の温度は低下し続けている。これを説明するために大気中の塵を持ち出すことがはやっている。
但し,人工衛星の観測では,煙突からたくさん煙の出ているヨーロッパや北米東岸のある北半球の中緯度は上昇し(10年で0.1度),南半球高緯度が寒冷化している(同0.2度)ので,つじつまは合っていない。

 夕方目が眩むと言えば筑波でも夕方は信号機が見にくくなるので思い出したが,この町に住んでみて感心したものの一つに赤信号写真機がある。赤信号で交差点に入ると自動的に写真をとられ罰金を徴収されるのである。自動車を運転している場合は厄介物だが,自転車に乗っている場合はいくばくかの気休めにはなる。
2.研究機関
 メルボルンでグローバルな大気環境を研究している機関は,2つの大学と2つの政府機関,さらにそれらの共同出資で運営される研究所の計5カ所である。DARはその中でも最も規模が大きいがそれでも研究員は100人程度だ。もう一つの政府機関は気象局研究所(BMRC)であるが,この2つの政府機関とモナソシュ大学の共同出資で南半球気象学の共同研究所(CRC-SHM)が約2年前から活動している。

 これらの研究機関は相互に交流してスケールメリットを生み出している。私もCRC-SHMの移流拡散模型のグループの活動にも参加し,メルボルン大学の大学院生にも研究を手伝ってもらっている。また国際会議も目白押しで,95年の4月には,熱帯大気と海洋の相互作用観測計画(TOGA)の会議があったし,96年11月には成層圏過程と気候(SPARC)の国際会議が開催される。
 96年7月にはブリスペンで米国地球物理学会西太平洋分会,さらに97年9月には第五回国際二酸化炭素会議がケアンズで開催されるが,これらの会議もたいていは上記の研究機関が世話係となっている。これを書いている12月も気象局が計算手法研究会を開催中だが,米国,英国,韓国,日本等からの参加があり,事実上は国際会議となっている。

 DARと環境影響予測部は大気汚染の研究では10年以上の研究協力を行っている。昔は境界層の拡散を研究していた人々がそのままグローバルにシフトするケースが多いのも共通している。DARはグローバルな研究では,オーストラリア大陸南方に位置するタスマニア島に設置されたケープグリム大気汚染,基準線観測所(CGBAPS)の開設で世界的に貢献している。現在は運営の事務および資金を気象局,DARは研究者の時間を提供する形で貢献している。
 米国NOAAの実施する観測施設やNASAの実施しているフロンの観測施設も設置されている。10月にCGAPSの年次総会が開催されたが,私が以前から知っていた地球温暖化物質の濃度の測定以外に,リモートセンシングを使った水蒸気や雲の測定,放射性物質の測定,航空機観測や無人航空機用の測定機の開発等多岐に渡る活動が行われているのには驚いた。
 地球温暖化物質の測定では絶対濃度の測定のほか同位体の測定,とくに測定法の国際比較に力が注がれている。二酸化炭素だけでも6種類の測定法が比較されている。標準ガスの比較ではドイツやフランスとも頻繁に交流が行われている。

 DARで地球温暖化物質の測定をしているグループをGASLABと杯している。ここでは大気中濃度だけではなく南極大陸から採取した水の泡のなかに閉じ込められた空気の分析等が行われている。
 私と研究室を共有しているレフチェンコ氏は大気中核実験で発生した放射性物質が南極の氷の中にどのように閉じ込められているかを研究している。豪州戦勝50周年記念日に「ちょっと一杯引っかけないか」と誘われ,お説教でもされるかと覚悟を決めてガスタンクの並んだ実験室へ入って見ると,GASLAB開設5周年記念の祝賀式典であった。

 DARのような国際的な研究所に滞在すると,感心させられるのが図書室の整備である。毎週新刊図書が大量に入荷し,まず一週間の展示が行われる。この時一週間以内の貸出を希望する場合に印をつけておくと,展示期間終了後に順に郵便箱に入れておいてくれる。各自の郵便箱が図書室に設置されているので,ここがコミュニケーションの要ともなっている。地球環境関連図書も多く全てに目を通すことは困難だが,この貸出の希望の印の量を見てその本の評判を推定出来る。
 また研究員の論文別刷りが研究者ごとの箱に入れてあり,勝手に取って行けるようになっているのも便利だ。一部だけは透明な袋に入っていて,別刷りがなくなっても,これを各自で複写出来る。

 論文で思いついたが,DARでは論文の投稿までに何段階かの内部審査を行っている。学会の予稿集でも2人以上に読んでもらってサインをもらわなければ上司に読んでもらえない。もちろんそのサインがなければ所長に提出できない。私のような立場の人間には英語を直してもらえるのでうれしいのだが,逆に言えば上司の理解できない分野の研究は発表できないし,上司が素早く適切な審査を行わなければ研究者は暴れ出す。DARでは午前と午後にお茶の時間があるが,論文を早く読んでくれと所長を追い回す姿を時々目にした。こういうことはどこでも押しの一手らしい。

 計算機には専任の職員が4人いて,ネットワーク,PC,ワークステーションとなんとスパコンまでの世話をしている。私はLYNAXというUN工XをPCに載せてもらい日本語端末環境を用意したので,電子メールも日本語でOKだ。
 
3.私の研究
 人間の活動によって炭素換算で年間5Gt(ギガトン)の二酸化炭素が大気中へ放出されるがこの内大気中に残留しているのは3Gtで残り2Gtの行方は貘として分からない。私は海が吸っているのか森林が吸っているのかを計算機模型を用いて探ろうとしている。
 まず,他の模型と比較して模型の特性を調べ欠点であれば改良する事と,この模型を用いて発生源と消滅先を探ることがDAR滞在の目的である。

 2年前から全球輸送模型の二酸化炭素を用いた国際比較に参加しているが,第1フェーズの最終レポートがこの11月に発行された(図1)。このプロジェクトは当時米国プリンストン大学に滞在していたライナー氏が音頭を取ってインターネットを通じて開始された。
 彼はその半年後にDARへ移簿したので,それ以後はこの地がプロジェクトの中心となっている。この中で二酸化炭素の発生源の現在の堆定値を用いた場合に,模型で計算された二酸化炭素濃度と全世界の観測値がどの程度説明できるかが議論された。最終的には模型相互の違いが大きく,輸送模型の検証をさらに進める必要があることが判明し,現在は第2フェーズが立ち上がろうとしている。

 このプロジェクトは研究者が各々の研究所で計算をして結果だけを比較しようと言う事で始めたのだが,その過程で米国航空宇宙局(NASA),米国大気研究所(NCAR),メルボルン大学などの模型がDARで利用できるようになってしまった。対象物質を変更したり発生源を変更したりしながら模型の間の微妙な差を調べることが出来るようになっているのは模型を改良しようとする場合には大変参考になる。
 現在は対流圏が相手だが,当然の事ながら成層圏のオゾンホールを対象とした研究に利用したいという研究者からの圧力は強い。成層圏の化学模型を研究している研究者の苛立ちは感じるのだが,成層圏の風速の分布が信頼出来るようになるまでは,3次元の長期間積分は出来そうにないと考えている。

 私はこちらへきてから,ラドン,鉛,硫黄酸化物,CFC-11,CFC-12の数値実験を行った。ラドンは当初最も有力な検証物質と考えていたが,鉛直分布の観測が航空機の飛行可能な気象条件に限られ,寿命が短いために境界層の構造が強く影響し,計算と観測が異なっても一概に模型が悪いとは結論できない。
 発生源も陸上に限られると考えていたが,陸からはなれた場所の濃度は海洋からの極く微量の放出が決めているという研究者もいるので,厄介だ。模型によっては陸上からの放出だけで陸から遠い島の観測値を説明できるものもある。逆に陸上の発生源だけでは濃度が低くなる模型もある。

 フロンは寿命が40年から100年と不確定な上に発生源の強度も報告を行っている企業の発生源以外に15%程度の未知の発生源があると主張する研究者がいて,これを組み込むかどうかで大気中の濃度分布は異なってしまうことが分かってきた。このため輸送模型の欠点を見つける作業はいわば保留のままにせざるを得ないと最近考えるようになった。

 DARのエンティング氏は3次元輸送模型と逆転計算を組み合わせて発生と消滅を推定しているが,これまではNASAの作成した空間分解能の粗い模型を使用していた。ここへ環境影響予測部特製のNIRE模型を持ち込み,彼の作成した逆転法を使って再計算しようというのが最終的な狙いである。NIRE模型はNASAの模型より細かな空間構造を計算できる。そのために発生源の推定をより正確に行うことのできる可能性を秘めているのだが,高性能ゆえの困難が持ち上がる。
 例えば,模型の計算と観測値を比較する場合,模型では都市を通過した大気も,森林地帯を通過した大気も全てについて計算しているが,観測は都市を通過した汚染大気を含まないように選択的に行われている。模型の出力から観測と同様な選択を行うことがNIRE模型では重要になる。
 従来の模型では広い範囲の平均しか扱えなかったので,この点は無視されていた。また,海洋の吸収を准定するために太平洋の中緯度に季節変化しない吸収源を与えてNIRE模型を走らせると,季節風の影響のために北極のそばの観測点データが陸上植物の吸収や発生によって生ずるのと同様の季節変動をもってしまう。これも従来の模型の季節風が強くなかったために起こらなかった問題である。これらの一つ一つが逆転問題の解にどう影響するかを調べ,問題の設定を変更する作業を行っている。

 DARで開発された手法は,二酸化炭素の濃度だけではなく同位体や酸素の濃度の変動までを考慮している。模型屋からみると酸素の濃度など計れる分けがないと思っていたのだが,すでに航空機を用いた鉛直分布の測定を含めて数年分のデータが蓄積されている。
 これを利用するには植物や海洋が炭素同位体を含む二酸化炭素を選択的に吸収したり放出したりする仕掛けを理解する必要がある。また,測定誤差がどのような性質を持つのかなどまだまだ調べる必要があり,残された1年間でこのデータの料理法を体得したいと考えている。
4.最後に
 今回の滞在にあたり,所長,次長,企画室,国際研究協力室の皆様に大変お世話になりました。滞在中は新技術事業団と科学技術情報センターおよび環境影響予測部のお世話になっております。最後になりましたが,皆様に厚く御礼申し上げます。

環境影響予測部 広域域間環境研究室 田口彰一


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