NIREニュ−ス1996年10月
次世代エネルギー資源メタンハイドレート
−海底地層中の氷状物質からのメタンガス採取−
地殻工学部 開発システム研究室長 小林秀男
- 1.はじめに
- 筆者が物心がついた昭和20年代中頃,ご飯は薪で炊き,サンマや餅は炭で焼き,風呂は石炭で沸かすことが普通であった。 ガソリンで走る自動車もあったが,木炭を焚き残り火をこぼしながら走るトラックも普通であった。今どこでも買える石油や天然ガスは,当時の普通の家庭ではほとんと縁がなかった。これには住環境の差異や戦後間もないという社会的な影響もあった。
さて,ここで紹介するメタンハイドレートは,メタンガス分子と水分子から成る氷状の固体物質である。メタンハイドレートは,永久凍土の下部や深度300m程度以深の海底地層中に賦存することが分かってきており,メタンハイドレートを分解してメタンガスを採取し,エネルギー資源として開発するための研究が始まっている。
先に述べたように,新たなエネルギー資源であるメタンハイドレートが経済的に開発利用されるまでには相当の年月を要するかも知れない。
しかしながら,我が国近海の海底地層中にも大量に賦存していること,メタンハイドレートから採取されるメタンガスは他の化石燃料と比較して地球環境に優しいエネルギーであることなどから,必ず次世代のエネルギーとなり得るはずである。
メタンハイドレート(以下MHと称する)とは何かをまず述べて,MHの研究・技術開発の経緯,および当所でのMH研究を紹介する。
- 2.MHとは何か
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水分子は,1個の酸素原子と2個の水素原子からできており,液体状態での水分子は,水素結合・離散を繰り返している。瞬間的に幾つかあるいは数十個の水分子が連結したクラスター構造をとったりまた崩壊したりしている(図1)。
加圧・冷却によりクラスターが生成され易くなり,またクラスターを構成する水分子の数も大となる。もし,そこに十分なガス分子が共存しており,さらに加圧・冷却すると,ガス分子を取り込んで立体駕篭状の結晶核を形成する。
水分子がつくる立体駕篭構造内の空隙に,ガス分子を取り込んでいるものをガスハイドレート(GH)と称し,メタンガスを取り込んだものがMHである。
駕篭構造の空隙の大きさは半径が0.39〜0.47nmであり,空隙がガス分子で充填されることにより駕寵構造は安定なものになる。内包されるガス分子の種類とその大きさにより3種類の結晶構造をとることが知られている。
MH の結晶構造は,46個の水分子と8個のメタンガス分子で構成され,ガス分子1個に村し5.75個の水分子が含まれる。 このとき,メタンハイドレート中に取り込まれたガス量は,標準状態に換算して,ハイドレート自体の容積の約170倍となるが,実際の駕篭の空隙占有率は70〜80%であるため,メタンハイドレート 1m3には標準状態で120〜150m3程度のメタンガスが含まれると考えられる。
GHの発見は19世紀末にさかのぼるが,その存在が広く知られるようになったのは,1930年代にシベリヤ等の永久凍土地帯の天然ガスパイプラインが,氷状の障害物で閉塞される事故が多発したことによる。
原因を調べると,その正体がMHであると分かった。ガスの中に混入した水分により,極地のような低温環境のパイプライン中にハイドレートを形成したわけだ。それ以降,閉塞事故防止を目的とし,ハイドレートの構造解明,相平衡条件,生成抑制(分解促進)剤等の研究がロシア,米国,カナダ等で重点的に行われ現在に至っている。
どんな環境でMH ができるのだろうか。図2に相平衡図を示す。平衡曲線の左上の領域がハイドレートが安定して存在する温度・圧力条件であり,右下の領域は分離ガスと水あるいは氷が共存する領域である。貯留層中のハイドレートを分解するには,矢印で示すように熱供給,減圧,あるいはその併用が基本となる。
MH の安定条件は,ガス分子の種類,ガス組成,溶液の組成等により大きく異なることが分かっており,図2に見られるように溶液中の塩濃度が増加すると平衡は低温,高圧側にシフトする。
研究の成果として,MHの生成条件等が明らかになると,同様な条件を満たす場所が天然にも存在するはずだと考えられ,シベリア,アラスカ,カナダ等の石油・天然ガス開発地域のうち,永久凍土層の下部付近はこの条件を満たしていることが分かった。もし,その地層中に十分なメタンガスがあれば,メタンハイドレートが形成されることになる。
このような観点から坑井掘削のデータを調べると,事実,永久凍土層の下部にメタンハイドレートが賦存することが分かってきた。極地の永久凍土層の下ばかりでなく,水深300m程度以深の海底地層中もメタンハイドレートの生成条件を満足している。深海掘削計画(ODP)の活動等を通して,世界の50カ所を越える海底地層中に MH の賦存が確認あるいは准定されている。
物理探査や調査掘削等により,日本近海にも数カ所のハイドレート分布域が見つかっている(図3)。図中の BSR は地震探査記録によりハイドレート賦存が推定される地点,sample はコア採取によるものである。試算によると,これらのハイドレートから採取されるガス量は,約6兆m3(我が国の現在の天然ガス消費量の約70〜100年分に相当)と堆定されている。
MHの魅力は,資源量が膨大であることのほか,採取されるメタンは,他の化石エネルギーと比較して二酸化炭素発生量が少ないという特色を有している。海域等に大量に賦存し,地球環境に優しいという理想的なエネルギー資源でありながら,これまで開発が進まなかったのはなぜだろうか。
フィールドで初めて認識されたのが30年程前と極めて新しいことが理由の一つではあろうが,a)採取するのに困難な場所に賦存していること,b)物理探査等で存在が確認されているものの,エネルギー資源として開発を行うためのデータが不足している,c)開発するに必要な要素技術(掘削,生産技術,ハイドレートの分解制御等)未解決であることが大きな原因であろう。
- 3.どのようにして開発するか
- エネルギー資源の開発は,図4の下部に示すように,開発対象まで坑井(あるいは坑道)を掘削し,そこで採掘あるいは集積したのち,坑井(あるいは坑道)を通して地上に回収する方法がとられる。基本的考え方は MH も同様である。
我が国の周辺海域に賦存するMHを対象として考える。これまでの研究により,高密度でハイドレートが集積しているのは,ハイドレート平衡曲線と接近した深度300m程度ではなく,水深が1,000m程度以深の地層中であることが分かっており,開発のターゲットもそこに置かれている。
この深度は,海域における既存の油ガス田開発深度を上回るもので,大水深に対応できる既往の坑井掘削技術や生産システムのレベルアップが不可欠となる。また,資源量評価精度の向上,海底地層中にハイドレート賦存状況の把握,天然ハイドレート地層の物理的性質の理解等のために,各種探査技術,コア採取技術等の技術開発も重要である。
図4でも明らかなように,在来型のエネルギー資源開発は,固体(石炭),液体(石油)および気体(天然ガス)をそのまま地表へ搬出するという搬出技術であるとも言える。
これに対して,原位置のメタンハイドレートは氷状の固体状態で存在し,分解してガスとして採取する必要がある。このため地層中において,固体から気体への分解(化学変化,物理変化を伴う)を制御し,所要の流量でガス採取できる技術を新たに確立し,従来技術に付加しなくてはならない。
MH 鉱床の圧力分布や鉱床周辺からの熱供給等を明らかにし,分解したメタンガスや水が地層内をどのように流動して生産井に集積するか,分解ガスが抜けて水が残って滑りやすくなった地層の安定をどのように保つか等も開発実現に向けての重要な研究課題である。
これらの未解決の問題に共通するのは,下記に示すようなメタンハイドレート固有の特異性によるものであり,私どもは,この特異性を明らかにすることが MH 開発の基礎・基盤となると考えている。
- 4.資環研でのMH研究
- MHの特異性として以下を取り上げている。
- 分解過程では,クラスター特性を示す
- 単純な分解ではなく,分子構造の変化を伴う
- 貯留層内の流動は,相変化を伴うミクロな流動現象
- MH 鉱床の浸透率,熱伝導率は極めて低い
- 分解により地層が流動化し易くなるため,地層安定,深海環境の保全を考慮した採取法が不可欠
- これらの課題を検討するため,分子動力学,結晶科学,流体力学,混相流,岩盤力学,掘削工学,貯留層工学等の専門家が研究グループを構成し,下記の共通認識のもとで研究を進めている。
MH の基礎物性,生成・分解挙動等に関するこれまでの研究は,バルクの物性測定であり,温度・圧力等の環境変化に伴う相変化挙動把握である。
資源開発という立場から,MHからのメタンガスを採取技術を構築するためには,MHを構成する分子レベル素過程(10-10m〜10-6mスケール),MH表面の化学変化,熱移動,物質移動,相変化を検討するミクロ混相ダイナミクス(10-6m〜10-3mスケール)等の階層構造に基づいて,工学的に組み立てることが不可欠である。研究内容として,以下を実施している。
1) MHの分子制御プロセス
a)MH生成・分解の分子レベル制御
水クラスターの特性ならびに臨界状態のMHの生成・分解に対する分子レベルでの制御性を分光学的に究明するとともに,その動的制御特性を分子動力学法により分子レベルから検討する。
b)バルク特性評価に関する研究
エンジニアリングの観点からは,圧力解放速度,供給熱量に対するMH分解速度,熱伝導率,熱容量等の熱的物性,孔隙率,浸透計数,蝕和率等の諸物性値が重要なファクターとなる。これら静的バルク特性をモデル化するとともに,上記制御特性を考慮した動的なバルク特性を検討する。
2)貯留層の流動解析に関する研究
低温超高圧な貯留層の原位置環境を模擬できる深海環境シミュレータを用いて,MH の流動,すなわち固体から気体へあるいはその逆の相変化を含む多孔質媒体内における気液二相流動現象を実験的に解明する。
3)分子制御マイニング法の構築
a)ハイドレート生成・分解の制御機能化に関する研究
MH固液界面における化学変化,熱移動,物質移動,相変化を伴うミクロな流動機構に及ぼすインヒビター(分解促進剤・生成抑制剤)の効果を観察,解析する。この結果を基に,貯留層の構造特性シミュレーションに対する基礎モデルを検討する。
b)メタン・CO2置換特性の研究
精密に環境制御された高圧容器内でMH試料を生成し,合成試料の熱的・機棟的物性,相変化に伴う伝熱特性,CO2等の物質注入に対する反応性等のマクロな諸特性を明らかにする。
C)CO2ハイドレート置換による開発システムの設計
上記 1)および 2)の成果,メタンとCO2のハイドレート置換および選択的分解・生成制御剤の付加効果に関する成果を基に,MH 分解採取後の流動領域をCO2ハイドレートで置換して,地層を安定に維持し得る開発システムを構築する。
- 5.おわりに
- MHの生成分解の熱・エネルギーの平衡論的な検討に加え,資源開発の観点からは,分解生成の速度論的な検討が重要である。そのためにMHの生成・分解の分子レベルでの挙動を解明し,これに基づいた分解制御法の確立,さらに海底地層の安定を保った採取法へと展開する必要性を述べた。
当所では,MHの分子レベルでの生成・分解メカニズムの解明が分解速度制御,固体−流体界面の挙動,地層内の三相流流動等を明らかにする基本と考え研究を実施しており,その成果をMHの開発に係わる課題の解決に生かして行きたいと考えている
地殻工学部 開発システム研究室長 小林秀男
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