NIREニュ−ス1999年8月
地下水による岩石の強度低下
―安全な地下岩盤長期利用の実現に向けて―
安全工学部 構造安全研究室 瀬戸政宏
- 1.はじめに
- 土木や鉱山の分野で工学的な地下開発の対象となる深度での温度や圧力条件では,一般に岩石は脆性的に破壊する。すなわち,破壊強度に達したところでほとんど瞬時に破壊が発生する。脆性破壊は基本的には岩石鉱物を構成している原子間の結合が分断されることによって発生する。岩石は鉱物粒子が結合した材料であるが,その結合部や結合部の周囲には微小なき裂が存在する。一般に,内部にき裂を持つ材料に力が加わると,その加えられた力の数倍の力がそのき裂端部に発生する。これを応力集中という。岩石内部の鉱物粒子結合部に元々存在するき裂先端にこの応力集中(引張力)が発生し,この力がある臨界値に達するとき裂は急速に進展することになる。しかし,地下ではき裂を閉じさせる方向に働く圧縮力が支配的であるので,き裂面の両側からき裂を開くように引張力が働いた場合のようなき裂の無制限な進展はない。多くの場合,アコースティックエミッション(Acoustic Emission,以下AEと略称)といわれる微小地震の発生を伴った新たな微小破壊の発生にとどまる。しかし,新たな力が加わったり,加わる力が増大していく場合にはこの微小破壊が集積し,それぞれの微小なき裂が結合,成長することによって岩石内部には破壊の巣が生じ,これが起点となって終局的な破壊に至る。この終局的な破壊に至る直前では,ひずみ,AE等に様々な変化が観測され,それらが終局的な破壊の前兆現象となり,破壊現象の予知,地震の予知にとっては重要である。
岩石のような脆性材料の内部にあるき裂先端に生じる引張力がもし臨界値以下でもそのき裂が進展することがある。これは,臨界値以下の応力でのき裂進展という意味でサブクリティカルなき裂進展(subcritical crack growth)といわれている。これは,引張力の助けを借りた環境中に含まれる腐食種(水分,化学種)による化学反応によって引き起こされるもので応力腐食(stress corrosion)割れと呼ばれている。岩石の場合,この応力腐食割れを引き起こす主な要因は地下水である。応力腐食割れによるき裂進展の速度は通常極めて遅く,毎秒100万分の1m以下であるが,長い時間スパンではこのようなゆっくりしたき裂の成長も無視できない。したがって,応力腐食割れによるき裂進展現象は,地下水を含む岩盤の長期利用と直接的に関係しており,放射性廃棄物の地層処分,地下発電所,地下備蓄等の分野では重要な課題となっている。
岩石に代表されるケイ酸塩材料の応力腐食割れに伴うき裂進展の速度Vは,応力拡大係数KIと呼ばれるパラメータと関係している。応力拡大係数とは,き裂の先端に加わってき裂を進展させようとする引張力とそのときのき裂長さによって決まるパラメータである。
- 応力拡大係数KIとき裂速度Vとの関係を模式的に示したものが図1である。同図に示すように,応力拡大係数とき裂速度の関係は3つの領域に区分される。まず,領域Tは,き裂長さが小さく,かつそれに加わる引張力も小さい低い応力拡大係数のもとで,地下水と鉱物粒子の反応によってゆっくりした速度でき裂が進展する領域である。すなわち,応力腐食に起因するき裂進展が発生する領域である。領域Uは,き裂速度がき裂長さや引張力に影響されず応力拡大係数の変化と無関係にほぼ一定の領域である。この領域では,地下水がき裂先端へ移動する速度とき裂速度が均衡して,一定のき裂速度を示している。領域Vはき裂進展の臨界値近傍の変化を示す領域で,地下水がき裂先端に達して反応を起こす速度よりもき裂速度が数段速くなった段階で,応力腐食割れの影響がなくなり,き裂が急速に進展して破壊に至る領域である。この臨界値を破壊靭性KICと呼んでいる。また,応力拡大係数がある値以上に低下すると,き裂速度が急速に低下し,応力腐食割れが発生しない下限の限界値が出現する。これは応力腐食割れ限界といい,領域Tの始まる応力拡大係数である。しかし,岩石についての従来の研究では,領域Uの出現及び腐食割れ限界値の存在は実験では確認されていない。
地下の長期の安全利用を考える場合には,地下水によって引き起こされる応力腐食割れによって,本来岩石が持っているはずの強度が低下するということを考慮する必要がある。本報告では,代表的な堆積岩である砂岩について,異なる条件下での応力拡大係数KIとき裂速度Vとの関係を実験的に求めた結果について述べるとともに,応力腐食割れによって砂岩の引張強度がいかに低下するかについて示す。
- 2.ダブルトーション試験法(DT試験法)
- 材料の応力腐食割れを調べる際に,もっとも一般的に行われる試験がダブルトーション試験(DT試験)である。DT試験は,(1)き裂先端の応力拡大係数 KI がき裂長に無関係,(2)単純な供試体形状,(3)容易なプレクラッキング,(4)単純な載荷形式等の利点を有しているので不透明で加工しにくい材料,あるいは苛酷な環境下で用いられる試験法である。
- DT試験において用いられる試験片形状を図2に示すが,本試験では薄い板状の試験片に曲げ荷重Pを与えてき裂を進展させる。試験では,まず試験片に曲げ荷重Pを急速に載荷する。このときの載荷は,荷重を加えるための試験機の載荷板の移動速度を一定にした条件で行う。加えられる荷重が試験片の破壊荷重点近傍に達したところで載荷板を固定する。その後,荷重はき裂の進展に伴って低下するので,その荷重の変化を計測する。計測された荷重の低下率よりき裂速度を次の式によって求める。
V=−φaf Pf (1/P 2)(dP/dt) (1)
ここで,afとPfはそれぞれ試験終了時のき裂長と荷重である。き裂速度Vを計算する際に必要な最終的なき裂長afは,試験終了後有機溶剤と薄フィルムを用いてレプリカを作成し,それをメジャー付きの顕微鏡で観察して求めた。また,φは
として求められるが,本研究で用いた岩石試験片ではδa = (4〜5)・dnであった。
DT試験でのき裂先端の応力拡大係数KIは,試験片の各部の寸法と加えられた荷重及び岩石の物性値から次の式によって計算される。
KI =PWm(3(1+ν)/Wd 3dn)1/2 (2)
ここで,Pは荷重,νはポアッソン比(岩石の物性値),d は試験の厚さ,d n は試験片中央部に設けた溝部の試験片厚さである。
- 3.DT試験の概要
- 3.1 岩石試験片
- 試験を行った岩石は来待砂岩と白浜砂岩の2種類の砂岩である。岩石試験片の形状は図2に示したとおりで,その寸法は幅50mm,長さ80mm,厚さ4mmとし,幅1mm,深さ1mmの溝を試験片の中央部に入れた。DT試験時に発生するき裂はこの溝内部を進展することになる。
DT試験を行った環境条件としては,空気中(以下,air条件)と純水中である。また,試験片の条件としては,60℃で5日間乾燥させた試験片(乾燥試験片),乾燥試験片を純水中で浸漬し2日間真空状態で飽和させた試験片(飽和試験片)の2種類である。
- 3.2 各種環境条件での砂岩のき裂進展特性
乾燥試験片をair中で試験したときの応力拡大係数 KI とき裂速度Vとの関係を図3に示す。同図に示すように,応力拡大係数 KI の変化に対するき裂速度Vの変化は, KI のわずかの低下によってき裂速度が急激に減少するというものである。これは,air中での試験ではき裂先端の鉱物粒子と反応する水分子の量が希少であるために,応力腐食割れが起こりにくくなっていることに起因している。また,来待砂岩については, KI = 0.4MN/m3/2において急速にき裂速度が低下しており,図1で述べた応力腐食割れの下限限界値に達していると推察でき,これ以下の応力拡大係数ではき裂の進展は発生しないものと考えられる。
- 一方,図4は乾燥試験片を純水中に浸漬させた条件でDT試験を行ったときの応力拡大係数 KI とき裂速度Vとの関係である。図3に示したair条件での試験結果とまったく様相が異なっていることが分かる。図4に示した純水中の結果では,図1に模式的に示した応力拡大係数KIとき裂速度Vの関係に現れる領域TからVのすべてが確認できる。この条件では,まず低い応力拡大係数において,すなわち岩石に加えられる力とき裂長さが小さい条件でも水と鉱物粒子の反応によるき裂進展が領域Tとして認められる。次いで,き裂が成長して応力拡大係数が大きくなると,き裂速度とき裂先端への水の移動速度が均衡して一定のき裂速度でき裂進展が発生する領域Uが出現している。この領域Uの出現については,岩石については従来その存在がまったく確認されていなかったものであるが,砂岩のように空隙率の高い岩石が乾燥状態で水中に置かれた場合には,領域Uが現れることがはじめて確認された。さらにき裂が伸びて応力拡大係数が増加すると領域Vとなり,環境に影響されないでき裂が急速に進展する。
また,この結果から,乾燥岩石が水中に置かれると,き裂が急速に進展するための臨界値(破壊靭性 KIC)より極めて低い応力拡大係数であってもき裂成長が発生するということが分かる。例えば,来待砂岩では,臨界値(約0.5MN/m3/2)の約20%の条件でも10-7m/s程度の速度でき裂が成長していることが分かる。
- 図5は,純水を飽和させた砂岩試験片の応力拡大係数 KI
とき裂速度Vとの関係を示している。この結果は,同じ水中環境であっても図4に示した乾燥試験片とは異なる挙動を示している。すなわち,飽和試験片では水分がき裂先端に到達するまでの過程で認められる領域Uが確められない。これは,飽和試験片の場合にはき裂先端がすでに水分に接触した条件になっているために,水分がき裂先端に移動する速度に支配される領域Uは認められず,応力腐食割れに支配される領域Tのみの関係となっているものと考えられる。しかし,き裂進展については,乾燥試験片と同様に,極めて低い応力拡大係数の条件でもき裂成長が起こっていることを示している。
- 4.引張強度
- 4.1 引張強度試験の概要
岩石の引張強度を求める方法としては,10-1/s以下のひずみ速度では,材料試験機を用いて圧裂引張試験(Brazilian test)によって行った。100/s以上の高速ひずみ速度条件の試験は,ホプキンソン効果を利用した方法によって行った。試験法の詳細については,ここでは省略する。
- 4.2 ひずみ速度依存性
図6は岩石の引張強度のひずみ速度依存性を示している。同図に示した結果は来待砂岩の結果で,乾燥試験片と純水で飽和させた試験片についての結果を示している。乾燥試験片の材料試験機による強度試験は,環境槽中において温度30℃,湿度90%という高温・多湿環境を設定し,環境中の水分の影響で応力腐食割れが発生しやすい条件で行った。
- 同図に示されるように,ひずみ速度の増加に伴って引張強度は増加しているが,高速ひずみ速度域(100/s以上)での引張強度の変化と10-1/s以下のひずみ速度での引張強度の変化とは様相が異なっている。これは,高速ひずみ速度域では慣性効果の影響が大きくなるためと考えられるが,詳細にについては明らかになっていない。
一方,ひずみ速度が10-1/s以下では,ひずみ速度の減少に伴って引張強度が徐々に低下している。特に,10-4/s以下の低いひずみ速度での強度低下の主要因は応力腐食によるものと考えられる。すなわち,低いひずみ速度での試験は,岩石にゆっくりと力が加えられ破壊に達するまで長い時間がかかることと対応している。つまり,ひずみ速度が低下し環境中に曝される時間が長くなることにより,環境中の水分とき裂先端での反応によって応力腐食割れが発生し,そのき裂の進展に起因して強度が低下するものと考えられる。なお,この強度低下の傾向は,乾燥及び飽和試験片の両者について共通したものである。
- 4.3 応力腐食割れを考慮した引張強度予測
- 図6に示したように,引張強度はひずみ速度の影響を受ける。放射性廃棄物の地層処分に代表されるような長期の地下利用では,地下岩盤の力学的な安定性を評価する場合,非常に遅いひずみ速度(10-12/s以下)と高湿度あるいは地下水の存在という環境条件を考慮する必要がある。すなわち,応力腐食割れを考慮した強度予測が重要になる。本研究では,線形破壊力学に基づいてひずみ速度が10-1/s以下の引張強度に関する次のような予測式を導出した。
σf = [2Eε(n+1)/AY n (n−2)a(n-2)/2]1/(n+1) (3)
導出した方法についてはここでは省略するが,この式の中の
はひずみ速度,nとaはDT試験によって実験的に求められる指数である。Eはヤング率とよばれる岩石の物性値で,力が加えられたときの歪み易さの度合いを示している。また,(3)式を導出する際の仮定として,岩石内のき裂の形状は薄い円形の平板状であるとしている。
乾燥試験片と飽和試験片について実験的に求めた応力拡大係数 KI とき裂速度Vの関係に基づいて,ひずみ速度が10-1/s以下での引張強度を(3)式を用いて予測した結果が図7である。同図においては,来待砂岩の乾燥試験片をair条件で試験した結果,乾燥試験片及び飽和試験片を純水中で試験した結果の3種類の条件での引張強度の実測値と予測値の比較を示している。
(3)式によって推定された値はひずみ速度が10-8/sまでの範囲で実験結果と良く一致している。つまり,ひずみ速度が低下したときに起こる岩石の強度低下は,水と岩石の鉱物粒子間で起こる応力腐食割れによって説明できることが分かる。また,この結果に基づけば,地下岩盤の長期利用で考慮すべき10-12/s以下の低いひずみ速度では,地下水と接触する条件では,ひずみ速度が10-4/s程度の応力腐食の影響が少ないと考えられるひずみ速度での引張強度,すなわち岩石が本来有する強度の約40〜50%程度まで応力腐食割れによって強度が低下することが予測できる。
- 5.おわりに
- 放射性廃棄物の地層処分や原油,LNG等のエネルギー地下備蓄に関わる地下岩盤利用では,岩盤の長期安定性評価,長期強度予測が重要な課題である。その中で,地下水の影響による応力腐食割れの解明や極めて遅いひずみ速度条件での岩石の強度予測が必要になっている。
ここでは,上記の課題に関連した研究成果の一部として,代表的な堆積性岩石である2種類の砂岩についての応力腐食割れ挙動を示した。また,線形破壊力学に基づいて導出したひずみ速度と強度の関係予測式によって,応力腐食割れに起因する引張強度のひずみ速度依存性を予測できることを示した。
今後,放射性廃棄物地層処分で予想される地下温度,地下の圧力条件下でのサブクリティカルなき裂進展現象を明らかにし,さらに実用的な長期強度予測法を提案していく予定である。
安全工学部 構造安全研究室 瀬戸政宏
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