NIREニュ−ス1999年9月
フランス留学記
〜パリ及びピエール・アンド・マリーキュリー大学での1年〜
熱エネルギー利用技術部 燃焼システム研究室 三島 寛
- 始めに
- 平成10年10月から平成11年9月まで,フランス政府給費留学生としてピエール・アンド・マリーキュリー大学に留学することが出来ましたので報告します。大学の研究室,研究のスタイル,フランスの大学制度について。また,生活する上での日本と比べた違いなどにつても若干述べたいと思います。
- 1.ピエール・アンド・マリーキュリー大学
- 現在パリ大学はパリ第1大学から第13大学まであります。その他,日本の大学に相当するような専門的な建築,土木,芸術などに関する学校も多数あります。今回滞在することになった大学はパリ第6大学で,正式名称を“l'Universite
Pierre et Marie Curie"といい,U.P.M.C.と略します。その他の番号付きパリ大学もそれぞれ正式名称を持っています。日本語ではピエール・アンド・マリーキュリー大学です。著名な物理学者,ピエールキュリー,マリーキュリーの名前の付いた大学で,パリ大学の中で理工系の教育研究を受け持っています。その活動分野は,数学,コンピューター科学,機械,電子工学,地球科学,物理,化学,医学と多岐に渡っています。学生数も多く,毎年34,000人ほどの学生が入学するようですが,その中で卒業までたどりつける学生が12,000人ほどです。さらに大学院に進む学生が4,000人ほどということです。大学院に進む場合は国から奨学金をもらう必要があります。国の審査に落ち奨学金がもらえなかった場合,就職か失業という運命が待っています。
- 大学キャンパスの位置はパリ市のほぼ中心に位置し(図参考),また,住所名がジュッシュー(Jussieu)という場所にキャンパスがあるため,通称ジュッシューと呼ばれており,そして学生街のはずれに位置します。この学生街は通称カルチェラタンと呼ばれ,日本でもしばしば聞かれる方もいるかと思います。このキャンパスはフランスのベビーブーム時に生まれた世代が大量に入学する事態に備え,以前ブドウ畑だったところにできたキャンパスで,1960年代に出来ました。他のパリ大学が石造りで非常に古い建物であるのに対し,U.P.M.C.は近代的な外観となっています。(写真1)また,理工系研究教育機関としては相当歴史があるのですが,大学の学部再編のため,U.P.M.C.という大学としては設立が1971年と新しく,建物設備とも近代的な大学となっています。


- 2.大学での研究及び研究室
- 大学の研究室は,“Laboratoire de Dynamiques des Ions, Atoms, et
Molecules"といい,DIAMと呼ばれています。日本語に直すと“原子分子イオン研究室”のようになります。
原子や分子は,その原子や分子に固有な波長の光を吸収したり放出したりします。いずれの場合も様々な波長の様々な強度の光を吸収放出します。さまざまな波長や強度のまとまった情報をスペクトルといい,よく,横軸を波長やエネルギー,縦軸をその強度(ある波長の光の放出,吸収のしやすさ)にしたグラフが描かれます。原子や分子のそのスペクトルを分析することにより,原子分子の構造や,他の原子分子との反応のしやすさ,分解の過程など,さまざまな原子分子の性質を調べることが出来ます。また,光の代わりに電子線を利用し,さまざまなエネルギーの電子線を当てたり放出される電子線のエネルギーを分析したりすることで,光の場合と同様にいろいろな性質を調べることが出来ます。
研究室のメンバーの出身国は,アルジェリア,シリア,イギリス,ユーゴスラビアなどさまざまです。しかしながら研究室の中で使われる言語はもっぱらフランス語で,日本や他の国の研究室のように英語によるコミュニケーションは普段は全くありません。この点は大分苦労しました。また,興味深かったのは,フランス語はペラペラなのに英語は相当苦手という留学生もいるということです。聞いてみると,自国語とフランス語は話せても英語は苦手という留学生は少なからずいるようで,これもフランスという国の性格を表しているようで興味深い話です。
研究室は大きくわけで二つのグループに分かれております。
一つは計算機を利用した理論のグループで,原子のスペクトルや小さい分子の解離の理論的計算などをし,理論と実験の一致や,新しい計算法の開発などをしています。最近の例では,ナトリウム原子の発光スペクトルの計算による再現とか,解離(分解)過程を含むシアン化水素(HCN)の計算機によるスペクトルの再現などを行っているようです。
もうひとつは実験グループです。このグループの主な目的は,原子分子のイオン化の過程やそのイオンの構造を調べるというものです。原子や分子にはエネルギーを与えてやらないとイオン化できないわけですが,この研究室ではイオン化源として,電子線や短波長の光(シンクロトロン光)を利用しています。
- 3.所属した実験グループ
- 所属したグループは原子分子のイオン化の機構を探るという実験グループです。この実験にはシンクロトロン光という短波長の光を使用するため,その光を利用できるパリ南大学(Pairs
Sud)まで装置(写真2)を運ぶ必要があります。実験装置の調整はU.P.M.C.で行い,実験そのものはパリ南大学で行います。

- シンクロトロン光という光はレーザーと良く比較されます。レーザー光は現在では講演などで図の説明時などでよく使われるポインター,CDなどのピックアップなど,実生活にも浸透していますが,レーザーの特徴としては,自然光と違い光が広がらない,単一の波長の光である,といった特徴があります。この特徴を利用すると,前述のような原子分子の特徴を捉えると言った実験が可能になります。
シンクロトロン光の特徴は,レーザー光の性質に加えレーザー光には無い利点,すなわち波長を連続的に変化させられる。また,レーザー光よりもはるかに波長の短い光を出せるということです。ただ,化学実験用レーザーは広い部屋を必要としませんが,シンクロトロン光を使用する場合,光の発生部分だけで少なくとも直径20メートルくらい。そしてそこから光を実験装置まで導く光の導入部,メインの実験装置,その他いろいろな施設を合わせると,全体の大きさは体育館なみになります。
実際の実験に使用した波長は,およそ1〜100nmというものでした。それを分光器で光を単一の波長の光に分けて,実験を行う真空装置に導入します。この光のエネルギー(フォトンエネルギー)は,原子分子中の,中でも比較的原子核に近く,原子分子に強く結びつけられている電子をはぎ取ることが出来ます。そしてそのはぎ取られた電子のエネルギーを分析したりする事により原子分子の詳しい構造を調べることが出来ます。実際には主にAr,N2,CO(アルゴン,窒素,一酸化炭素)などについて調べます。
- 4.研究スタイル
- 日本人とフランス人,また日本とフランスとで,文化,生活習慣,人の考え方が大きく異なることは,日本で暮らしていてもテレビなどの情報で容易に察しがつくところであります。ここでは,実際に研究室での様子を見て,日本との研究室との違いについて述べたいと思います。
だいたい研究室に人が集まり出すのは午前8時半。日本の大学と比べると,日本の大学よりも始まりは大分早いと言えます。中には遅く(といっても午前中)出てくる人もいるようですが,だいたい朝は早いようです。また夜は,だいたい7時半くらいになると研究室は無人になります。人それぞれ全くのマイペースで実験研究を行います。
実験装置は手作りのものが多く,原子分子から放出される光のシグナルを電圧に変換する電子機器など,比較的複雑な装置,電子機器については,製品を購入しているようですが,実際原子分子をイオン化させる真空装置内の部品はほとんどが手作りです。例えば,電子をエネルギー別に選別する装置は,お椀型の金属部品で,丁度半球型の部品とそれと対をなす半球型のへこみを持つをアルミ製の部品を組み合わせて使用しますが,これなども大学にあるアトリエ(作業場)で自分で加工します。また,これに適当な電圧を供給する装置も手作りで,皆,相当の電気の知識を持っているようです。勿論,修理も自らします。そのようなわけで,実験には日本の研究室においては無駄とされている時間も多くありますが,実験装置に対する理解には深いものがあると感じました。
- 5.研究室での親睦会
- 研究室では,いわゆるフランス的なことがしばしば行われます。日本では,忘年会,暑気払いなどの飲酒の機会があります。研究室では,そのような外で皆で親睦を深めるという機会はありませんが,そのかわりシャンパンパーティーとでも言うべき会があります。誰かの誕生日であったり,ドクター論文の発表の日であったりさまざまです。日本では高級なシャンパンも,ここフランスでは比較的気軽に飲めるのでこのようなことが出来るのでしょうか。その日の夕方は,程良く冷やしたシャンパンと,おもにフルーツタルト,ピザ,キッシュなどの日本ではおよそお酒とは不釣り合いなものを食べながら,シャンパンを飲み,話しをします。日本のように長々と続くことはありません。その後,皆で外に繰り出すといったこともなく,後は個人個人それぞれのことをし,研究室の関係をだらだら外まで続けるといったこともありません。
- 6.生活を始めるにあたって
- 生活を始めるにあたって研究室の人たちには大変お世話になりました。フランス到着時には既にアパートの手配をして頂いていましたし,電話の申請などにも付き合っていただき,スムーズに生活を始めることが出来ました。後日,生活をするにあたって残っている諸々の申請などを自分自身でやってみると非常に時間がかかることがわかり,あらためて研究室の方に感謝すると同時に海外で生活を始めることの煩わしさを実感しました。
研究室のホストであるリシャール・オル先生(写真3)は,研究もさることながら実生活を楽しむことにおける知識も相当なものです。その知識,人柄のおかげで,研究とはまた別に有意義な生活をすることが出来ました。例えばスキーが好きと言えば,有名なスキーリゾートに先生自身持っている別荘を貸して下さったり,オペラを始めとする様々な催し物の切符の買い方など,懇切丁寧に教えていただきました。自動車レースの話をすると,レース場への行き方,必要な準備装備などを身振り手振りを交えて教えていただきました。また,フランス国内の観光地や穴場については,いわゆるどこが何で有名か,どこの土地に行くとリラックスできるかといった,目的別における旅行先,移動手段,その最もいいと思われる季節など,研究以外でもあふれる知識をお持ちという感じでした。

- 7.CIESについて
- 受け入れの実質的な手続きは,CIES(CENTRE INTERNATIONAL DES ETUDIANTS
ET STAGIAIRES)という機関が,アパートの世話からフランスでの生活全般,親睦会,遠足など,公私ともにわたっていろいろと世話をやいてくれます。今回の留学はホスト研究室の方にやっていただきましたが。遠足や語学研修,コンピューター実習などは,国からの補助によって実際より相当安い費用で参加することが出来ます。
- 8.パリについて
- 世界各国人種のるつぼと呼ばれているところはいろいろありますが,パリも例外ではなく,その住民の出身の国は多くにのぼります。日本のように周りが皆ほとんど日本人で,かつ同じ生活習慣を持っているという国から来た人間の目で見ると,少々極端なこともあります。祝日のイベントなどでは,人の迷惑を考えず自分の世界に入り騒ぎまくる人,全く自分の服装には無頓着な人,非常に気を使う人,ゴミは全て道にポイ捨てという人,などなど。ちなみに毎朝,市の清掃員が散水車を使い毎朝歩道に落ちているゴミを掃除するという努力が繰り返されます。パリという一つの公共団体で考えると極端で正反対の性格を併せ持った都市,という感じがします。勿論,個人がそのような正反対の性格を同時に併せ持つことはありませんが。写真(写真4,5)は,この例とは少々ずれるとは思いますが,ある環境団体のデモ行進と,そのデモ行進がよごしたすぐ後を清掃する市の清掃車を写したものです。パリという町が,それだけ懐が深く活気に満ちていると言うことの証明にもなると思います。何かの本にありましたが,伝統を守ろうとかたくなな態度をとる国は危機に瀕している国だ,というのを聞いたことがありますが,その点からするといろいろなものを受け入れ懐の深いところを見せるパリは健全な都市なのでしょうか。なんでも受け入れる代わりにそれに対する評価においても厳しいところを見せる都市でもあります。

- また,様々な人が集まる要因の一つとして,パリが大都市ということは勿論ですが,気候的にも非常に暮らしやすいと言えます。この1年に限ったことでは,冬は最高気温が氷点下になる日は滅多にありませんでした。雪も相当少なく,数日,それもすぐに消えるような雪が降っただけでした。夏は夏で,最高気温がせいぜい30度ほど。蒸し暑いことも全く無く,昼は適度に暑く,夜は過ごしやすく,といった具合です。また,地震は全く無く,大雨大風もありません。このように天災に見舞われる可能性は少なく,いつも季節が穏やかに流れていくといった具合です。現在のパリでは,このようなことは人を引きつける要因としては大きいとは言えないかも知れませんが,その都市の活気もさることながら,自然の驚異もつい忘れてしまうほど気候が穏やかな土地でもあります。
- 終わりに
- 以上,実験,研究,私生活において,多くの初めての体験があり,充実した1年となりました。しかしながらやはりその国の生活習慣になれるには相当の時間が必要で,慣れ親しめるようになった頃には帰国の日が近づいていると行った具合で,名残惜しさを感じます。
またこの留学は,資環研の多くの方を始め,いろいろな機関やいろいろな方にお世話になり実現できました。ここに深く感謝します。
熱エネルギー利用技術部 燃焼システム研究室 三島 寛
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