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NIREニュ−ス

2001年3月

石炭の不思議

−豊富な資源を地球に優しく使うために−

エネルギー資源部 石炭物性研究室 山田 理

Q .石炭って今でも使われているのですか?
A .石炭は,大切なエネルギー源として私たちの生活を支えています。現在でも,発電や製鉄のために,日本人ひとりあたり年間1 トン余の石炭を使っています。主な国々の発電に占めるエネルギー源の割合が図1です。アメリカ,ドイツ,イギリスなど先進国でも石炭が発電のために多く使われていることがわかります。我が国でも発電量の約18%が石炭から作られています。石油や天然ガスに比較して埋蔵量が豊富でかつ地域に偏在することなく賦存する石炭は,人類の生存のために必要な膨大なエネルギーの源として今世紀中も重要な位置を占めると予想されています。


図1 主要国の電源別発電電力量の構成変化(資源エネルギー庁HPより)

Q .石炭はどうやってできたのですか?
A .石炭は太古の植物が堆積し,長い年月地中の高い圧力,温度の影響を受けてできたと考えられています。図2のように,石炭化は,枯死した植物体のバクテリアによる腐朽と分解という生化学的段階と,地中で圧力と温度を数百万年の間加えるという地質学的段階を経て進行します。長期間の圧力にさらされた石炭からは水素と酸素が水,メタン,二酸化炭素の形で抜けていき,図2 下に示すように,石炭化の進行により,概ね炭素%が木材の50%から,ピートの55%,褐炭の70%,亜瀝青炭の70 〜80%,瀝青炭の80 〜90%,無煙炭の90%まで増加します。逆に酸素含有量は石炭化とともに急激に減少します。
 このような石炭化の過程を実験的に明らかにするため,人工石炭化の研究も行われてきましたが,まだ誰も成功していません。また,石炭の根元物質をセルロースとするか,リグニンとするかは,古くからある論争ですが,これもまだ結論が出ていません。
 観点は別になりますが,世界の油田のうち,北海,インドネシアなどについては石炭由来の可能性が指摘されており,石炭化の過程解明にとって興味深いものです。

図2 石炭化のプロセスの概要

Q .石炭とはどんな物質ですか?
A .石炭は植物体を根元物質として,地中の高温高圧および長時間の反応により作られた無機物を含む複雑な有機化合物で,石炭化度や炭種によりその性質が著しく異なる物質です。
 
 図3 は石炭の偏光顕微鏡写真で,石炭の原料が植物であったことがわかります。組織成分はマセラルとして分類され,その性質や含まれる割合が石炭の性状に大きく影響します。
 石炭は,黒ないしは褐色の固体で,燃料であるとともに,細孔構造の発達した活性炭のような物質として取り扱われてきました。石炭の化学構造に関しては,歴史の長い議論がありますが,石炭が溶剤により膨潤すること,溶剤抽出可能な部分が存在するという事実から,最近まで三次元的に共有結合で架橋したネットワーク構造を有する溶剤不溶な高分子部分に,溶剤可溶な低分子物がトラップされた構造であると考えられてきました。

図3 石炭の偏光顕微鏡写真

Q .石炭の分子構造はどんなものですか?
A .石炭は,複雑な混合物ですので,転換反応に利用される有機物のみをとってみても,平均化学構造を描くのが精一杯です。
 石炭構造を推定するための最初のデータは,まず元素分析により得られる炭素,水素,酸素,窒素,硫黄の含有率です。X 線回折,NMR ,IR 分析により,グラファイト構造や,骨格の縮合芳香環数,芳香族指数等の構造パラメータ,含酸素官能基に関する情報が得られます。ESR ,TEM ,メスバウアー分光法,XPS ,XAS ,XANES ,EXAFS 等の電子X 線分光法の適用など,近年の分析手段の発達により,石炭構造に関する情報量は大きく増加しています。これらにより石炭分子に関する一応のイメージは可能なものの,石炭の詳細な分子構造を推定することは難しく,固体である石炭から,いかにもとの構造を推定可能な形で気体や液体の分解生成物を取り出し,正確な分析を行うかが,分子構造モデル組立の鍵となります。そのために,抽出,熱分解,酸化等の化学処理による石炭の可溶化とMS ,GC-MS ,NMR などによる生成物の分析に工夫がこらされることになります。
 一例として,温和な分解手段を用いた石炭の可溶化と分析から得られたデータをもとに提案された赤平炭の平均分子構造モデルを図4 に掲げます。ここで,石炭の平均分子構造というものが,通常の合成高分子や生体高分子での単位構造などと同様のものではないということを強調しておく必要があります。ポリエチレンやポリスチレンという通常の高分子は,言うまでもなく簡単な繰り返し単位構造があり,DNA のような巨大な生体高分子でさえ,非常に複雑な構造を持ってはいますが,基本的には詳細な構造が決定でき,同じ物質からとった試料はいつも全く同じ構造を有していることを疑う必要はありません。ところが,石炭については,ある特定の部分について正確な構造を決定することができたとしても,同じ炭種の同じ炭層から採取された石炭の外見上全く同じに見える部分同士でさえ,同一の構造を有することはまずないと言えます。このような条件付きの「平均」分子構造ではありますが,石炭中の各種反応サイトや反応生成物の予測が可能となり,石炭の化学を論じる際には不可欠なものです。

図4 石炭の平均分子構造モデル

Q .「石炭の不思議」とは何ですか?
A .(例1 )石炭の二相モデルと会合モデル石炭を溶剤に浸すと図5 のように膨らみます。このような膨潤特性は,瀝青炭を中心に顕著に表れ,石炭が架橋構造から成るとの考えの根拠となっているとともに,膨潤度から架橋間分子量,架橋密度などが議論されてきました。

図5 石炭の膨潤現象

 また,石炭は種々の溶媒に対し一定の可溶部分を有するため,溶媒抽出および抽出物の分析は石炭構造解明への重要なアプローチです。
 ピリジンは石炭の抽出溶媒としてはかなりの良溶媒であることがわかっており,従来はピリジン抽出量をもって溶媒可溶成分の量と考えられてきました。ピリジン不溶部と可溶部を境界として,石炭は数環の芳香族に水酸基,カルボキシル基,脂肪族測鎖の付いたものを基本構造にもち,それらがメチレン鎖,エーテル結合等などによって共有結合により架橋した溶媒に不溶な三次元骨格(immobile component )を主成分とした構造からなると考えられています。また温和な溶媒抽出の結果から,石炭中には10〜30%程度の直鎖脂肪族等の低分子量成分(mobile component )が存在し,それらが骨格である共有結合架橋内にトラップされた構造と考えられてきました。この概念は石炭の二相モデルと呼ばれています。それに対し,二硫化炭素とN-メチルピロリジノン(NMP )溶媒の容積比1:1 の混合溶媒が瀝青炭に対して室温で40 〜66%の高い抽出率を与えることが見い出されました。その後,石炭を高性能の電子受容体であるテトラシアノキノジメタン(TCNQ )およびテトラシアノエチレン(TCNE )を石炭中に推定される芳香族ユニットに1 :1 に反応させると前者では青く,後者では緑に着色し,電荷移動錯体を形成することも発見され,従来の二相モデルの見直しが盛んに行われるようになりました。現在では,図6に示すように,石炭は主として非共有結合性の分子間力で会合している分子凝集体であるとする「会合モデル」の重要性が認識されてきています。
二相モデル 会合モデル
図6 石炭の二相モデルと会合モデル
 このような新しい考え方の中で,石炭の平均構造をもとに近年発達したコンピュータケミストリーにより,石炭の平均分子構造モデルによる石炭分子の三次元的な配置の検討が盛んです。この手法は米国で先鞭がつけられましたが,現在では,我が国において研究が盛んで,当研究室においても,石炭と溶剤の分子間相互作用を明らかにするべくコンピュータケミストリを応用して研究を進めています。図7 は,石炭の分子が溶剤としてのメタノールをどのように分子内に取り込んでいき,石炭の分子がどう変化していくのかを調べた時のシミュレーション画像です。

図7 石炭分子と溶剤分子のコンピュータシミュレーション画像

A .(例2)石炭の細孔構造石炭は多孔質な表面積の大きい物質とされ,図8 に示したように,細孔構造の発達した活性炭のようなイメージで表されて来ました。水銀,窒素,ヘリウム,二酸化炭素などを用いた吸着法により表面積が測定され,細孔分布が計算されてきました。その細孔構造が石炭の利用技術,採炭時のメタン発生,前処理,ガス化,液化,スラリー化,さらには冶金コークスや活性炭製造にまで決定的な役割を担うと考えられています。


図8 石炭固体の伝統的なモデル

 石炭の細孔はその大きさにより,ミクロポア(20Å以下)メゾポア(20〜500Å)マクロポア(それ以上)のように分類されます。気体の吸着や反応に重要と考えられるミクロポアの構造は,円筒またはスリット状で代表される開口(open)たは先の小さくなった(bottle-necked )細孔が毛細管で相互につながったネットワークを形成しているとのモデルが一般的に受け入れられてきました。しかしながら,このモデルの問題点として,-196℃で測定した窒素の示す表面積と-78〜25 ℃で測定したCO2 の示す大きな表面積の差が指摘されてきました。窒素はCO2 より分子サイズが小さいにもかかわらず,CO2 の示す表面積のほうが1から2桁も大きいのですが,相互に結合した固定的な細孔ネットワークにおいて,大きい分子が小さい分子よりたくさん細孔に入り込み,大きな表面積を示すの明らかな矛盾で,謎とされてきたのです。
 固体の表面状態を規定する手段として表面の乱雑さの進んだ系では,表面フラクタル解析が有効です。サイズの異なる分子をヤードスチックに用いて表面フラクタル次元を決めたり,X 線小角散乱(SAXS )の高角度側の解析から表面フラクタル次元を求めることができます。近年,米国の石炭についてX 線小角散乱から表面のフラクタル次元を求め,また,図9 (測定点に付けた数字は測定温度と表面積)に示す断面積の異なる各種の気体についてBET 吸着式から求められた表面単分子層の分子数と分子断面積の両対数プロットにより求めたフラクタル次元を比較し,後者がきわめて大きい(3 を越える)フラクタル次元(11〜23)を与えることが報告され,従来の細孔ネットワークの考え方に疑問が投げかけられています。図9 のエタンとCO2 の分子形状と分子断面積はほとんど同じであり,従来の固定的な孔を想定した細孔構造モデルでは同様の表面積を示すはずであるのに,CO2 はその数倍の表面積を示していますし,また,面構造をとるシクロプロパンと筒状の分子であるエタンはいずれも同様の表面積を示し,細孔の形は関係がなさそうです。

図9 種々の分子による石炭表面状態の解析

 少し話が込み入ってきますが,吸着種の断面積により見かけの表面積が非常に大きく変化をすることは,ガラス状態の高分子中を気体が拡散すると考えれば説明できることから,石炭の細孔は表面に対して閉じており,毛細管状の通路により相互に結合しているのでもなく,独立した泡のようなもので,石炭中を拡散する物質のみが閉じた細孔に到達できると考えればつじつまが合うというのです。この考え方に立てば,石炭は石炭中に溶解しない物質に対しては極めて小さい外面の表面積しか示さないため,石炭は多孔質であっても,表面積の大きい物質とは言えないということになります。これも石炭の不思議のひとつで,当研究室でも固体としての石炭の表面構造を,溶剤吸着法や原子間力顕微鏡を応用して調べています。
Q .石炭研究の今後は?
A .岩石として分類されてきた石炭を,架橋高分子体と取り扱った20 世紀半ばの石炭研究は一時代を画するものであったと言えるでしょうが,近年のその石炭モデルに対する実験的反証と,石炭中に存在するとされる種々の分子間相互作用についての研究結果は,石炭がより自由度の高い高分子化合物であり,高分子科学の世界においても未だ解明されない多相系高分子集合体の分野における先端的な研究の対象である可能性を示しています。
 また,エネルギー源としての化石資源を考えると,天然ガスや石油は,石炭に比べて同じエネルギーを生み出すとき,出てくる二酸化炭素などの地球温暖化ガスの量が少ないのですが,資源の量が石炭に比べて少なく,今世紀中のエネルギー需要をまかなえるかどうかの不安があります。画期的な新エネルギーが実用化されるまでは,石炭の性質をよく知り,地球に優しく使っていく工夫をしていくことが望まれます。
 当研究室では,「石炭の不思議」研究をもとに,より効率の高い将来の石炭利用技術として,灰分のない石炭(ハイパーコール)を製造し,ガスタービンで直接燃焼させて高効率で発電する技術や,石炭から代替天然ガスとしてのメタンを製造したり,燃料電池用の燃料を石炭から製造するための噴流床ガス化の基礎研究を行っています。

エネルギー資源部 石炭物性研究室




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