1995年2月
大気中に浮遊する微粒子の測定
大気圏環境保全部 大気計測研究室 吉山秀典
- 1.はじめに
- 我々の身近に見られる微粒子(浮遊粒子状物質)としては、早春のアレルギー性鼻炎の原因物質である杉花粉やハウスダスト、運動場の土ぼこり、ディーゼル自動車の排ガス、工場から排出されるばいじん、タバコの煙などかなりのものが挙げられる。
一般に、大気または気体中に浮遊する微粒子系をエアロゾルと称し、我が国の大気環境基準では大気中に浮遊する粒子状物質で粒径10μm以下のものを浮遊粒子状物質として定義している。これらの微粒子はその成因により自然起因と人為起因に大別される。さらに、粒子は状態により液体状と固体状に分類できる。
液体状の粒子としては、水を主成分とする雲や霧、SO2などのガス成分が酸化されて生成した硫酸ミストなどがあり、固体状の粒子ではSiO2を主成分とするアスベストなどの繊維状粒子や土壌粒子、花粉、火山灰、微粉炭燃焼によるフライアッシュ、海塩核粒子、農薬、精錬業における金属粒子など多くの種類がある。なお、ディーゼル煙など燃焼に起因するものは固体状の無機炭素(すす)に液体状の有機物や硫酸ミストが付着した構成となっている。
また、最近では地球温暖化に関して、成層圏へ拡散した火山噴煙中の微粒子の寄与が議論されている。
- 2.現在の測定方法
- 2.1 質量濃度
- 大気中の浮遊粒子状物質の質量濃度計測方法は、フィルター上に捕集した浮遊粒子状物質の質量を測定するろ過法を標準測定方法としているが、測定時間、労力といった操作上の問題が大きく、自動計測が望まれていた。 この要求に対して、大気環境濃度の監視に必要な1時間単位の質量濃度の測定が可能な光散乱法、圧電天びん法、ベータ線吸収法といった様々な測定方法が開発されてきた。
光散乱法は、粒子群に光を照射し、反射、屈折、吸収、減衰などの散乱現象により引き起こされる散乱光強度から相対的なエアロゾル濃度を測定するものである。この方法はろ過法との校正が必要な相対濃度測定法であり、粒子の性状が異なる場合、改めて校正する必要がある。
圧電天びん法は水晶発振子をセンサーとし、この発振子の電極上に静電気的に粒子を捕集する。このセンサーの発振周波数の変化は電極上の付着物質の質量に比例するので、この変化周波数を測定して質量濃度を求めている。 この原理を用いたものとしてパーティクルマスモニター等があるが、実時間で測定できるものの、洗浄機構、湿度や捕集分布の影響等の問題を残している。
ベータ線吸収法は放射性元素であるPm-147またはC-14などをβ線源とし、フィルター上に捕集された粒子によるβ線の減衰量から質量濃度を求めている。装置としては、ベータ線吸収式粉じん計等があるが、捕集面における不均一分布による誤差等の問題がある。
これらの装置は、被測定エアロゾルを装置内に吸引して質量濃度を測定しているが、エアロゾルを吸引しないで遠隔的に測定するものとして、リモートセンシング技術がある。
これは被測定物に電磁波を照射して得られる散乱波を分析して、被測定物の特性を引き出す技術で、ライダーは電磁波としてレーザー光を用いており、大気中粒子による散乱光から濃度を求めている。
- 2.2 粒径分布
- 粒径分布を求める方法は、粒子を捕集して顕微鏡などにより拡大して測定する方法を基本としているが、捕集方法による試料の代表性、測定時間や労力などに問題がある。これらの計測において自動化を図るための方法として、粒径別の分級と分級された粒子の検出という2つの過程により粒径分布を求める方法がある。
最初の過程である分級は、粒子の持つ質量または帯電量と物理的外力の作用により達成できる。その外力としては、慣性力、遠心力、重力、拡散力、静電気力などがあり、これらは粒子の質量という絶対的量に基づいて粒子を移動または付着させて分級する。検出方法には、天秤法、β線法、圧電法などがある。
慣性力を利用する衝突法は、粒子を加速し、衝突板に衝突付着させるもので、粒子の衝突速度の違いにより分級する。静電気力を利用した静電法は、粒子を荷電し、電場内で帯電量と粒子質量の比により分級し分布を求めるもので、1.0μm以下の比較的微小粒子の測定が可能である。
これらの方法は粒子を捕集し、粒子の質量または帯電量を測定するものであるが、一方、捕集の必要がなく、検出部を通過する際に粒子の大きさを測定するものとして光散乱法がある。吸引されたエアロゾルが光により照射される空間の体積を非常に小さくした場合、空間分解能が良くなり、個々の粒子の情報が測定される。 装置としてはパーティクルカウンターなどがある。この光散乱法では、個々の粒子による散乱光強度から粒径を求めており、球形粒子相当径として測定している。測定範囲はノイズなどの問題があるため、最小粒径はレーザー光を用いると約0.1μmである。
- 3.本研究の目的と槻要
- 粒子状物質の汚染は、地表では人体や生態系に、上層では気象やひいては地球気候変動に影響することが考えられるが、これらの汚染状態の評価について、地表とくに生活空間における測定では被測定場所のエアロゾルを測定装置内に吸引して行われている。 しかし、大気中粒子を測定対象としたこれらの粒径分布測定装置は、分級特性の良否や荷電量の不安定性、または光散乱法における固体状粒子と液体状粒子の区別が不可能なことなど、いくつかの問題点を含んでおり、より正確で簡便な測定器を開発することは大気中粒子の汚染状況の把握と予測という面から重要課題の一つとされてきた。
本研究では、エアロゾルの諸特性の中で粒径分布および質量濃度の測定方法について、新しい測定原理に基づいた装置の開発を行うハード面からのアプローチに加えて、物理的に得られる散乱光の測定データからの粒径分布を導く計算方法(反転)を行うソフト面の両面から、従来の測定技術を超える方法の開発を目的としている。
地表の大気中浮遊粒子状物質の測定では、試料大気を装置内に吸引して測定を行っている。粒径分布測定について、従来の衝突法では長時間にわたるサンプリングが必要で、捕集粒子を天秤法で計測して分布を求めていたが、経時変化を伴う大気中の粒子の実時間測定に対しては適切でない。
当研究室では、分級のために衝突法を応用し、検出には水晶発振子を用いて実時間計測を可能とする方法を検討した。
これまでのエアロゾルは固体状微粒子を対象としていたが、大気中の霧やもや等の計測はあまり行われていない。光散乱法では霧等の液体状と燃焼由来等の固体状のものとの区別が不可能であるため、ミストだけの測定値として評価されていなかった。そこで、新たな原理に基づき、液体状微粒子の粒径分析計を開発した。
大気上層部のエアロゾルを吸引して測定することは、飛行機や気球等を必要とするので経済的にも困難であり、加えて経時変化の測定は不可能である。そこで、大気圏上層部のエアロゾルの質量濃度又は粒径分布の測定方法として、測定装置内に導入しないでリモートセンシングにより測定する方法の開発が望まれていた。
現在のライダー技術では、散乱光強度から質量濃度を求める際にエアロゾルの分布を仮定しており、粒径分布を直接に求めることはできない。
これらの現状を鑑み、ライダー技術によるエアロゾル測定の基礎的検討を行うためには、微粒子の波長別の正確な屈折率が必要になる。そこで、微粒子を含む溶液を試料として、減衰スペクトル法と散乱光法の2つの屈折率の測定方法を紹介する。 なお、粒子の屈折率は光散乱現象を支配する重要な物性であるため、これを正確に知ることは光散乱による粒径分布測定には不可欠となっている。
また、粒子による光散乱現象における散乱光強度の減衰、角度分布および波長分布の測定データから、粒径分布を求める3つの方法を紹介する。
- 4.微粒子の屈折率
- 微粒子の屈折率の測定方法には従来から外挿法、ベッケ線法、液浸法などが使用されており、微粒子の特性により異なる方法が適用されてきた。
外挿法は微粒子が溶媒に溶解することを利用した方法で、粒子の溶解している濃度とその屈折率から外挿により粒子の屈折率を求めている。この方法は粒子が溶液に溶解しなければならないという前提がある。
ベッケ線法はプレパラート上に微粒子をセットし、分散液を滴下した後、顕微鏡により微粒子の縁の内側と外側に生じるベッケ線を目視により観察する。この時、鏡筒を上下させ、ベッケ線が確認できるまで、分散液の屈折率を調節し、分散液の屈折率から求める方法である。粒子が非常に小さい場合、ベッケ線の確認が困難である。
液浸法はベッケ線法とよく類似しており、分散液の屈折率を変え、光を照射して分散液中の微粒子による散乱光が目視により見えなくなった時の屈折率を微粒子の屈折率としている(図1)。しかし、液浸法は目視により散乱光の変化を観察しているため、どうしても主観的な要素が入ってくる。
当研究室では、分光光度計を用いて波長毎の減衰量から求める方法及び液浸法に客観性を持たせた測定法について検討した。
- 1)減衰スペクトル法
- 微粒子による光散乱理論のパラメーターである粒径(=r)、波長(=λ)、屈折率のうち、サイズパラメーター(=2πr/λ)と屈折率がある範囲内において既知の場合、減衰スペクトルから屈折率を求めるものである。この方法は屈折率を比較的精度良く決定できるが、単分散の粒子にしか適用できないという欠点がある。
実験では粒径の異なる4種類の単分散ポリスチレンラテックス(Polystyrene latex : 粒径が揃っている。以後、PSLと略記する)粒子をそれぞれ水中に分散させ、減衰スペクトルに現れる最初のピーク値とPSL粒子の濃度から求めた屈折率の虚数項について検討した結果、可視光域では虚数項は非常に小さい値で無視できることが分かった。 さらに、このピークを2次式で近似することによりピークの波長を求め、規格化サイズパラメ−ターから屈折率の実数項を算出した。 実数項における屈折率の分散と温度依存性について検討した結果、波長が短くなるに従い屈折率は大きく、また温度が高くなるほど小さくなる(図2)。この測定方法は極めて簡単な方法であるが、粒径が正確である場合には屈折率を求める方法として十分信頼性のあることを確認した。
- 2)改良液浸法
- ここでは、液浸法に厳密性を加えて客観性を持たせるため、分散液の屈折率を微粒子の屈折率と一致する近傍まで変えた時の散乱光強度を波長別に測定し、分散液の屈折率と散乱光強度との関係から微粒子の屈折率を求める方法について検討した。
実際に粒径の異なる3種類の単分散シリカ微粒子および粉砕による多分散のアロフェン微粒子に対して適用して求めた屈折率を図3に示す。 PSL粒子の場合と比較して、シリカ微粒子の屈折率は若干のばらつきがあるものの全体として小さく、分散性は少ないことを示している。 アロフェン微粒子については、短波長側の測定値であるが、分散が小さく、測定値にばらつきが少なく比較的正確な値が得られることを示している。
本測定方法は、屈折率を変えることができる溶液系に、単分散または多分散の微粒子を分散させて、屈折率を測定するのに適用できることを明らかにした。
- 5.粒径分布測定
- 媒質中に浮遊する微小粒子の粒径分布を求める方法として、種々の原理に基づく装置が開発されている。その中には光を検出手段として、微粒子に光を照射し、個々の粒子からの散乱光量を計測する方法や、回折現象を解析する方法などが挙げられる。その他、粒子の動的散乱から分布を求める方法もある。
最初に、媒質中に浮遊する粒子に光を照射したときの光減衰スペクトルから、粒径分布を求める方法について紹介する。
光学的測定データと核関数から粒径分布を解析する方法は、数学的には Fredholm 型の積分方程式を解くことに相当し、反転問題と呼ばれている。 反転問題とは、例えば図4に示すように、足跡からドラゴンの姿を決定するような問題であり、数学的に簡潔に言えば、素性の悪い行列の逆行列から解を求める問題と言える。本研究では、逆行列を求める数学的手法として、自然に判定条件を導入できる特異値分解を採用した。
- 1)減衰法
- 液体中に浮遊する微粒子として、粒径分布と屈折率が既知のPSL粒子を用いた。5種類のPSL粒子を調合し、分布の異なる3種類の懸濁液を作成した。 この懸濁液の分光光度計による減衰スペクトルデータから、特異値分解を適用し、反転演算を行い粒径分布を求めた結果の一例を図5に示す。なお、縦軸はある粒径範囲の粒子の個数濃度を示す。 反転解(実線)は小粒径で混合した粒径分布(点線)に比較してわずかに大きく、大粒径で小さく反転したが、おおむね混合した分布を反映した解が得られており、この手法は非常に有効であることが分かった。
また、実際への応用として、太陽光を光源とし、大気中のエアロゾルにより減衰した波長別の放射強度の測定データから特異値分解により粒径分布を反転した結果を図6に示す。 一般の大気中の粒径分布は、粒径と個数濃度との関係が指数関数で表されるJunge分布であると言われていることから、妥当性ある分布と考えられる。
- 2)角度分布
- ここでは、リモートセンシングの一つであるライダー技術による大気中のエアロゾル粒子の粒径分布測定を目的とし、実験室内において散乱光測定から粒径分布を求める手法の基礎的検討を行った。
PSL粒子を用い、微粒子側の個数濃度が高いJunge分布と単分散に近い対数正規分布を持つハイドロゾルを調整し、散乱光強度の角度分布の測定値から特異値分解により反転して粒径分布を求めた。 対数正規分布の場合の結果を図7に示す。この図から、対数正規分布の場合には混合した分布(●)に比較して大粒径と小粒径側で若干大小があるものの、ピークの粒径はよく一致している。
実際のPSL粒子による測定では、散乱角が90度から100度の範囲で角度の数を5または10について測定したデータから反転したが、Junge分布の場合も対数正規分布に近い形に反転した。
これらの原因は、実験室の制約により使わざるを得なかった散乱角が90度から100度の範囲は、前方や後方散乱に比較して散乱光強度が非常に小さく、その結果、散乱光の測定誤差が大きくなったためと考えられる。
- 3)波長分布
- 2)では角度分布データからの反転について検討したが、ここでは波長別の散乱光強度について検討した。対数正規分布を持つ試料について、測定可能な散乱角を90度から100度までとし、8波長の散乱光強度から特異値分解により求めた粒径分布を図8に示す。 この図から小粒径側ではやや大きく、大粒径側では小さく反転しているものの、全体としては対数正規分布に近いものに反転している。このことから、この方法は粒径分布の測定に有効であることが分かる。 この実験では、サンプルセルの制約から散乱光が非常に小さい散乱角度で測定を行い、散乱光の測定を正確に行えなかった結果、混合した分布を十分に再現できなかったものと考えられる。
しかし、ライダー方式によるエアロゾルの粒径分布測定では、この角度よりさらに後方の散乱光を測定するため、散乱光強度も強くなり正確な測定が期待できるなど、反転を改善できる可能性がある。
- 6.おわりに
- ここでは、主に屈折率、粒径分布の測定方法についてこれまでの成果を紹介したが、理想とする測定技術は測定対象空間の大気中のガス成分と濃度または微粒子の濃度、粒径分布、構成成分などをin-situに解析することである。 遠方の対象物質を目的に応じて解析する方法をリモートセンシングと称しており、将来的にはこの方向を目指して研究の展開を図りたい。
大気圏環境保全部 大気計測研究室 吉山秀典
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