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資源と環境

論文

エチルベンゼンの脱水素反応によるスチレン製造プロセスの二酸化炭素の利用による省エネルギー化

「資源と環境」誌 1997年11月発行 Vol.6 No.6

三村 直樹a、斉藤 昌弘a

要旨 エチルベンゼンの脱水素によるスチレン製造プロセスにおいて、現行のスチレン製造プロセスで大量に用いられている高温水蒸気の代わりにCO2を用いることによる省エネルギー効果を明らかにするために、CO2の反応効率向上効果について化学平衡計算を行ない、さらにモデルプロセスを用いて現行プロセスとCO2を用いる新プロセスとの間でスチレン製造に必要なエネルギー量の比較を行った。

 化学平衡計算の結果、CO2がエチルベンゼンの脱水素反応に関与することにより、反応効率が向上することが明らかとなった。スチレン製造のために必要なエネルギーを計算、比較した結果、現行プロセスは1.5×109cal/t-styrene、新プロセスは3.4×108cal/t-styreneとなり、新プロセスの採用により大幅な省エネルギーが可能であることが明らかになった。



1.緒言

     スチレンは、種々の高分子化合物の原料となり、日本では現在年間約150万トン生産されている。工業的には、ベンゼンとエチレンの反応により得たエチルベンゼンを脱水素(反応式1)することにより得られている。

      C6H5−CH2CH3 → C6H5−CH=CH2+H2
            ΔH=123.6kJ/mol       (1)

     Fig.1に現在工業的に行われているスチレン製造プロセスの概略図を示す。脱水素反応は、鉄、カリウムの酸化物を主成分とする触媒を用い、約600℃で行っている1)

     系内は平衡収率を向上させるため約0.5-0.8気圧の減圧状態になっており、さらに、反応に際して、約650-700℃の高温水蒸気を製造し、エチルベンゼンのモル数の8-12倍共存させている。この水蒸気には主に以下の三つの役割があるといわれている。

    1. 吸熱反応である脱水素反応に熱を供給する。
    2. 原料を希釈し、平衡収率を向上させる。
    3. 触媒表面に生成する炭素質を除去し、活性を維持する。

     この高温水蒸気を製造するに当たり、多量の熱エネルギーが使用されるが、プロセスの最終段階にある気液分離工程において水蒸気の持つ凝縮潜熱(5.8x108cal/t-steam)は、ほとんど回収されることなく失われる。

    このため、プロセスの省エネルギー化を進めるために、共存水蒸気の削減あるいは新規プロセスの実現が強く求められている。

     近年、この脱水素反応を行う際に、水蒸気に代えて、CO2を用いる研究がなされている2,3)。脱水素反応に共存させるCO2の熱容量は水蒸気に比べて大きく、熱媒体、希釈剤として、十分な性能を持っている。さらに、シリカ担持酸化クロム触媒上でのプロパンの脱水素反応においてCO2の共存のより触媒の活性劣化が起こりにくくなるという報告がある4)ように、CO2には触媒の活性維持効果が期待できる。

    さらに、CO2が脱水素反応に関与することによるスチレン平衡収率の増加(その結果としての反応温度の低下)及び現行プロセスにおける凝縮潜熱の損失の回避による省エネルギー効果が期待できる。

    筆者は、エチルベンゼン脱水素反応において水蒸気の代わりにCO2を用いることによる省エネルギー化が可能であるという予測のもとに、CO2の反応効率向上効果を化学平衡計算により明らかにするとともに、水蒸気を用いる現行プロセスとCO2を用いる新プロセスについてスチレン製造に必要なエネルギー量の比較を行ったので報告する。

2.計算方法

     計算に必要な熱力学定数は、熱力学データベースソフト「MALT2」より得られたものを用いた。平衡収率の計算はソフトから出力された各温度条件での平衡定数を用い、以下のように求めた。なお、1段反応、2段反応、単純脱水素については 3.で述べる。

      a:エチルベンゼン供給量(この計算の場合は 1mol)
      b:二酸化炭素供給量(mol)
      C:スチームの供給量(mol)
      x1:1段反応におけるスチレン、一酸化炭素、水の生成量(mol)
      x2:2段反応におけるスチレンの生成量(mol)
      x3:単純脱水素におけるスチレン、水素の生成量(mol)
      y:2段反応における一酸化炭素、水の生成量(mol)
      P:反応圧(この場合常圧なので1)

     MALT2で各温度ごとに求められた平衡定数 k1,k2,k3,k4を式(1),(2),(3),(4)に代入し、1段反応は(1)を解くことにより、2段反応は(2),(3)を連立させて解くことにより、単純脱水素は(4)を解くことにより平衡収率を求め、グラフにプロットした。

     CO2(H20)/エチルベンゼン比の効果については各式においてb,またはcの値を変化させて計算した。CO2の濃度の影響については、以下の式を用いて計算した。

      d:窒素供給量(mol)
      CO2濃度(%)=b/(b+d)×100

     必要エネルギー計算においては、モデルプロセス各部の25℃基準のエンタルピー値を求め、それをもとにして温度と熱収支を計算した。

3.結果と考察

    3.1 CO2のエチルベンゼン脱水素反応効率向上効果

     CO2共存下でのエチルベンゼンの脱水素反応は、以下の2つの反応経路で起こりうると考えられる。Fig.2にこの2つの反応経路図を示す。

     1段反応は、CO2とエチルベンゼンが同一活性点上で反応し1段でスチレン、CO、水が生成する経路3)で、2段反応は、第1段目ではエチルベンゼンの脱水素反応(単純脱水素)のみが起こり、2段目は、第1段目では第1段目に生成した水素とCO2が異なる活性点において逆シフト反応するというものである。ただし、実際の触媒上では、両反応経路が同時に起こることも十分考えられる。

     Fig.3にのそれぞれの反応経路に対する反応温度とスチレンの平衡収率との関係を示す。このときのCO2(H2O)/エチルベンゼン比の値は、現在の工業プロセスで用いられている代表的な値である9(mol/mol)とした。

     この結果から、CO2共存下での脱水素反応では現行のスチレン製造プロセスで起こっている単純脱水素反応に比較して、CO2が反応に関与することにより、同じ平衡収率を得るための反応温度の低下もしくは同じ反応温度での平衡収率の向上がもたらされ、反応の効率化につながることがわかる。

    たとえば、単純脱水素では600℃における平衡収率は0.75であるが、CO2が反応に関与する場合は、1段反応で540℃、2段反応で520℃でほぼ同じ平衡収率が得られる。また、600℃での平衡収率は1段反応で0.90、2段反応で0.92へと向上する。

     現在、燃焼排ガス等から高濃度のCO2を大量に得る方法として、膜分離法や吸収法等が用いられているが、いずれも、多大なエネルギーが必要である。そのため実際のプロセスに応用する場合には消費エネルギーを少なくするためにCO2/エチルベンゼン比をできるだけ小さくすることとともに、燃焼排ガスのようにCO2以外の窒素等を含むガスを共存させることも考慮に入れる必要がある。そこで、CO2/エチルベンゼン比と平衡収率との関係、及び窒素とCO2の混合ガス中CO2濃度と平衡収率との関係を調べた。

     Fig.4に、550℃におけるCO2/エチルベンゼンの比と平衡収率との関係及び、550℃あるいは600℃におけるH2O/エチルベンゼンの比と平衡収率との関係を示す。

     CO2が反応に関与する2つの反応経路のうち、1段反応の場合は比が8を超えた点から、2段反応の場合は比が3を超えた点から、単純脱水素の600℃における平衡収率を上回る。したがって、CO2が反応に関与する場合には、上記の比以上の量のCO2を用いることにより、50度以上の反応温度の低下効果が見込まれる。

     Fig.5に、(CO2+窒素)/エチルベンゼン=9(mol/mol)におけるCO2濃度と平衡収率との関係を示す。550℃での2段反応の場合は、CO2含有率50%以上で単純脱水素の600℃での平衡収率を上回る。

    550℃での1段反応の場合は、CO2含有率100%近くにならないと、600℃の単純脱水素の平衡収率を上回らない。以上の点から、大幅な反応温度の低下効果を得るためには、脱水素反応は、2段反応で進行するのが望ましく、2段反応が進行する触媒を用いる必要があると考えられる。

    3.2必要エネルギーの計算

     現行プロセスのモデルフローシートをFig.6、CO2を用いる新プロセスのモデルフローシートをFig.7に示す。また、計算を行うための各種の条件を Table 1にまとめて示す。

     現行プロセスについては、Fig.6に示した中間補熱直列2段断熱反応器を用いるモデルプロセスを基にして行った。原料エチルベンゼン(EB)と水の25℃の共沸混合物(エチルベンゼン:水=1mol:3mol)を(1)より導入し、エバポレーターを用いて気化する。

    さらに、熱交換器(3)で昇温する。一方(4)から導入された25℃の水は、ボイラー(5)で加熱され反応器 R1 直前の(6)で原料ガスと混合される。反応器内での吸熱反応で温度が低下したガスは、ボイラーに送られ再加熱され R2 に送られる。

    その後(2),(3)で原料の気化、加熱を行ない、(7)の分離器で製品であるスチレンと水を含む液体成分と、オフガスである気体成分に分けられ40℃の製品が得られる。

    エバポレーター(2)では、製品側から供給される熱量が不足するので、外部から、不足分の熱をスチーム等を用いて供給するものとした。オフガスとして得られる水素は、燃焼しプロセスエネルギーとして回収するものとした。

     CO2を用いる新プロセスは、現行プロセスを基にしてFig.7のように想定した。本報における計算では、反応経路は1段反応と仮定した。このモデルプロセスではスチレンの収率は平衡収率に達しないので、2段反応のように2つ以上の異なる反応が同時に起こると仮定すると、出口成分組成の推定が必要になるなど計算が煩雑になる。3.1で述べたように、2段反応の場合は1段反応に比べてさらに高い省エネルギー効果が得られると考えられる。

     CO2利用プロセスは、CO2をボイラー側から全量を供給する以外は、現行プロセスとほぼ同じである。現行モデルプロセスと同じ70%の平衡収率を得るには、前項の考察より、CO2が1段反応で反応に関与する場合、反応温度が約50℃低下するので、反応器 R1 の入口温度を現行モデルプロセスより50℃低い580℃に設定した。

    また、このプロセスでは余剰の熱が生じるので、熱交換器(8)を用いて回収し、他プロセスに供給するものとした。オフガス中に含まれるCOは、現行プロセスと同様に燃焼させ、エネルギーを回収するものとした。この場合、直接燃焼させることは難しいので、触媒燃焼を用いることとした。

     Table 2、Table 3に2つのプロセスの各部分における物質の組成と温度を示す。Table4に現行プロセスと新プロセスを用いてスチレンを製造する際に必要なエネルギーを比較した結果を示す。水蒸気を使用する現行プロセスでは、スチレン1トンを製造するに当たり1.5×109calのエネルギーが必要であると算出された。

     CO2利用の新プロセスでは、スチレン1トン当たりに必要なエネルギーは1.9×108calと算出され、現行プロセスの約1/8になった。したがって、現行プロセスを新プロセスに置き換えることによる省エネルギー量はスチレン1トンあたり1.3×109calとなる。

     Table 5に、反応器と分離器で消費または損失するエネルギー量を示す。反応器においての吸熱は、CO2を用いる新プロセスでは、現行プロセスに比較して増加するが、オフガスの燃焼でほぼ相殺される(Table 4参照)。

    一方、分離器における熱損失は、現行プロセスでは1.5×109cal/t、新プロセスでは3.4×108cal/tと、新プロセスでの損失は現行プロセスの約1/4であり大幅に減少している。このことより、分離器での水蒸気の凝縮潜熱の損失がCO2の利用により回避されることが、大幅な省エネルギー効果が得られる大きな要因になっていることがわかる。

     今回行った計算では、プロセス変更に伴う設備の変更については考慮していないので真の省エネルギー効果を算出するには、設備も含めたさらに詳細な検討が必要である。また、この計算は、反応経路を1段反応と仮定したが、2段反応の場合についても、検討する必要があると考えられる。



Table 1 Basic parameters for the model processes


Commercial process New process

Reaction temperature a) 630℃ 580℃
Pressure Atmospheric pressure b)
Component of feed gas H2O / EB=9 CO2 / EB=9
Temperature of starting materials 25℃
Temperature of products and off gases 40℃
Reaction pathway Simple dehydrogenation One step pathway
Yield of styrene R1:35%, R2:35%, Total:70%
Selectivity of styrene 100%
Thermal efficiency of boiler 90%
Thermal efficiency of heat exchanger and evaporator 100%

a) The temperature at the top of R1.
b) The pressure in a present commercial plants is about 0.5-0.8 atm.



Table 2. Components and temperatures at various points of the present process


R1
In
R1
Out
R2
In
R2
Out
Separator
In
Separator
Out

Ethylbenzene mol 1 0.65 0.65 0.3 0.3 0.3
Styrene mol 0 0.35 0.35 0.7 0.7 0.7
H2 mol 0 0.35 0.35 0.7 0.7 0.7a)
H2O mol 9 9 9 9 9 9

Temperature 630 560 650 580 90b) 40

a) Separated as an off gas from the products
b) Gas phase



Table 3. Components and temperatures of various points of the new process

R1
In
R1
Out
R2
In
R2
Out
Separator
In
Separator
Out

Ethylbenzene mol 1 0.65 0.65 0.3 0.3 0.3
Styrene mol 0 0.35 0.35 0.7 0.7 0.7
H2O mol 0 0.35 0.35 0.7 0.7 0.7
CO mol 0 0.35 0.35 0.7 0.7 0.7a)
CO2 mol 9 8.65 8.65 8.3 8.3 8.3a)

Temperature 580 505 595 520 90b) 40

a) Separated as off gases from the products b) Gas phase



Table 4. Energy required for producing styrene


Commercial process New process

108 cal / t-styrene 108 cal / t-styrene
Input (1) Boiler 17.8 12.2
Evaporator 2.2 -

Output (2) Combustion of off gas 5.0 5.9
Surplus energy - 4.4

Energy required (1)-(2) 15.0 1.9(6.3a) )

a) The surplus energy recovered by heat exchanger (cf. Fig.7) is not included.



Table 5. Energy consumption at the reactor and the separator


Commercial process New process

108 cal / t-styrene 108 cal / t-styrene

Consumption at the reactor 2.9 3.7
Energy lost at the separator 15 3.4




5.結論

     化学平衡計算の結果、CO2がエチルベンゼンの脱水素反応に関与することにより、反応効率が向上することが明らかとなった。また、CO2使用量及び含有率を減少させるには反応が2段反応で進行することが望ましいことがわかった。

     多量の高温水蒸気を用いる現行スチレン製造プロセス及び水蒸気の代わりにCO2を用いる新プロセスについて、スチレン1トンを製造するために必要なエネルギーを計算、比較した結果、現行プロセスは1.5×109cal/t-styrene、新プロセスは3.4×108cal/t-styreneとなり、新プロセスの採用により大幅な省エネルギーが可能であることが明らかになった。

     これは、現行プロセスにおける生成物分離器での水蒸気の凝縮潜熱の損失が回避されているためであることが明らかになった。

6.展望

     この新プロセスには、高濃度CO2が必要であるが、前述の通り、現在のところ排ガスからのCO2の濃縮には多大なコストがかかり、新プロセスの持つ省エネルギー効果を相殺してしまう。

     しかし、現在新しい燃焼システムが盛んに研究されており、中には、当所で開発中の媒体循環燃焼法のように純粋なCO2と水蒸気が排出されるものもある。したがって、将来的には高濃度のCO2が容易に低コストで入手できるようになる可能性が非常に高い。

     Fig.8に現在研究されている代表的二酸化炭素処理システムにこの新型脱水素プロセスを組み入れたシステムを示す。このようにこの脱水素プロセスは、海中等への投棄、メタノール等への再資源化の前段階に容易に組み込むことができる。またオフガス中に含まれる水素、一酸化炭素は新燃焼システムでの利用が期待できる。

文献

    1) 三浦弘,触媒,38(1996)572

    2) M.Sugino, H.Shimada, T.Turuda, H.Miura, N.Ikenaga, and T.Suzuki, Appl.Catal.A, 121(1995)125

    3) S.Sato, M.Ohhara, T.Sodesawa, and F.Nozaki, Appl.Catal.,37 (1988) 207

    4) I.Takahara and M.Saito , Chem.Lett. ,11 (1996) 973


a 資源環境技術総合研究所 温暖化物質循環制御部 化学プロセス研究室


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